エマの家で暮らし始めてから数ヶ月が過ぎた。




エマの家は大きくは無いが一人で住むには広いくらいで、そのせいか物が少なく生活感の乏しい家だった。


なんでもエマは研究施設のほうに一室もらっているらしい。
そこには簡単なキッチンにバスルーム、トイレにベッドもあるからそこに泊まる回数のほうが自宅に帰る回数よりも、自然に多くなったそうだ。



エマはそう言ってたけど、きっとナノと少しでも一緒にいるためだと思うんだ。

エマはそんなこと言わなかったし、ナノは何も気付いてないけど。


頑固で意地っ張りな母親に鈍感で無口な父親。その間に挟まれる察しのいい子供。苦労の多い役だけど、僕は結構満足してる。


ナノにっていう名前をもらって。
エマと競うように呼んでもらって。
何度も、何度も。って。まるで大切なものの名前みたいに。

だから僕も二人の名前を、まるで砂糖菓子を舐めるような甘ったるい気分でいつも舌に乗せるんだ。


二人のことが大好きだから。(むしろあいしてるよ)















殺風景だったエマの家も、僕が一緒に住むようになって変わった。


なんというか、毎日違う花が飾られるしカーテンはシックだったのが柔らかな色のに換えられたし。

壁紙まで換えるのはやりすぎだよエマ。
これじゃぁまるっきり、『子供のいる家』だ。エマはまだ若いし独身なのに。


確かに僕の年齢は子供と呼ばれるものだけど、子供らしい子供じゃないんだけどな。
エマは意外と懲り性だったらしい。











「エマー、ナノのところに行ってきます!」


朝早く、まだ薄暗い時間。街のほとんどは眠っている。


「こんな時間にか?ナノはまだ寝ているぞ?」


この家の朝は早い。
僕は半分猫みたいなものだし、エマは仕事のために。



(人型で)朝ごはんを食べて、エマが出勤するまで二人でまったりするのが常だ。




二人でお茶を飲んだり、ただ隣に座ってテレビを見たり。

そのあとは散歩に出たり、ナノに会いに行ったりしてる。


「うん、たぶん寝てるだろうねぇ。」

「ではなぜ行くのだ?寝てるやつといてもつまらないだろう。」


エマはいささか不機嫌そうに言った。白い眉間にシワをよせ、形の良い唇を曲げている。


エマとナノはなにかと僕を取り合う。三人でいるときは、どっちが僕を膝に乗せるかで揉めないことがないくらいだ。



ほんとに二人は愛し合ってるのか疑問に感じることもあるくらい。
これが倦怠期というやつなのかな。それとも単に結婚前から所帯じみてきただけ?




……僕、最近思考がおかしいや。



「寝てるナノは面白いよ。何しても起きないんだもん。」



最近気付いたことだけど、ナノはスッゴクいぎたない。

寝起きが悪いわけじゃないんだけど、本を読んでるときでも寝始める。

ベッドに潜り込もうが髪を引っ張ろうがキスして舌を突っ込もうが起きない。
(ちなみにそのことを二人に報告したとき、ナノはなんか嬉しそうでエマはナノを睨んでた。)


僕の気配に慣れてるからだと思いたいな。でないと少し情けないよ。
一応ナノは最強の兵器として、気配を読む訓練を積んだはずだし。






ナノは生体兵器としていろんなところに戦いにいかなきゃいけない。


もちろん人を殺しに、だ。

ナノだって生きてるんだから疲労はあるし、感情があるんだから精神的にだって疲れる。



ナノが無理して遠征から早く戻ってきてるのを知ってる。


僕と会ったころからナノのデータが飛躍的に向上したって、研究所のニンゲンが話してるのを聞いた。

……僕が、逃げたからナノの負担が増えたのかな。
僕もあのままだったら、ナノと戦場に行かされてただろうし。



「ね、エマ。僕が逃げ出したせいでナノに皺寄せがいったのかな。」


僕が残っていればナノの負担は少しでも減ってたかも。ふと漏らした言葉。







エマもナノも認めないだろうけど。

彼等は大人で、僕は庇護すべき子供だから。




小さい声だったから、エマには聞こえてなかったみたい。

正直、つい出た言葉だったから助かった。



ナノが相手だったら聞こえてただろうね。ニコルの聴力は常人を遥かに越えてるから。



「ん?何か言ったか?」

「ううん何も言ってないよ。じゃ、行ってくるね!」


飛び出そうとした僕にエマが慌てた声をかけた。


、ちゃんと猫になってから行け!」

「あっ、ごめんなさい。」


慌ててたせいで人型のまま家を出ようとしてたよ。危なかったぁ…。


猫ミミに尻尾がある子供なんて、Nicol・Brutal以外に有り得ないからね。




服を脱いでちゃんと畳んで、猫に変身する。


最初のころ、脱ぎ散らかしてたらエマに教えられた。そういうことを教えてもらったのは初めてだった。

服を畳むことどころか、着ることも知らなかった。大人だけが着るものだと思ってたんだ。


外の世界を見て、その間違いに気付いた。




エマはそのことを薄々知ってたんだと思う。
日常生活に必要なことを全部教えてくれた。




料理だけは僕のほうが上手になった。

エマのは調理と言うより実験みたいだ。
本にあるとおりにビーカーとかスポイトとか秤とか使って調味料を量るから、その間に香ばしい炭が出来上がる。



神経質なのか不器用なのか分からないよエマ…。