いわゆる、研究所のような場所で目が覚めた。
この場合、身体の目覚めではなく俺として、として永く永く流れてきた意識の目覚めだ。

”が目覚める前にこの体に人格が存在したのかは分からないが、在ったとしてもそう長くはもたなかっただろう。ジェノバもまたこの身に巣喰ったままだから。アレは確かに俺の身体の大部分を構成しているが、その自律を抑えているのはこの“俺”の意識だ、自我だ、俺が俺であるというアイデンティティの堅実な守りであり、確立である。
俺の意識が無い(おそらく)僅かな間、よくこの身体が無事だったなと思う。


この身体は手も足も紅葉のようにふくふくとして、自分で見ても可愛らしかった。覗き込む人間との対比で、おそらく、嬰児(0〜3歳)ほどだろうと推測する。子供は好きだけど、ほんとに大好きだけど、こんな状況でなるのは、自分がなるのは勘弁して欲しかった。
なにせその愛らしい手足には指先から始まって大人の中指ほどもある長さの針が刺され、全身の脈、感覚器、重要な筋肉を冒している。
顔も胸もまだぽっこり出ている腹も、全身が針だらけだ。おかげで頬の筋肉ひとつをしても動かすことが難しい。笑うことさえ出来やしない。
動脈には一際太い針から大量の薬液が流し込まれているようで、俺の自由になるのは視線と思考とクスリにさえ侵されない意識。針が変なところを刺しているのか、呼吸さえ儘ならない。情けなくも、動けない。


そのまま七、八年が過ぎた。その間、俺は夢と現のあらゆる場所に意識を飛ばしていた。今までの幸せなことも後悔したことも均しく走馬灯のように駆け巡った。その間も、夢に浸って自分の状況を忘れられるほど愚かになりきれなかったのも俺の不幸に違いない。いっそ狂っていれば。





そしてやっと、やっと自由になるチャンスがやってきた。
どうやら俺がいた研究所はどっかのマフィアの附属施設だったらしい。
空気が慌ただしくなったと思ったら爆発音が響き渡った。ズズゥ…ッンと沈むような音がしてぱらぱらと砕けた破片が俺の顔のすぐ近くに注いだ。
余りに懐かしい、かつて気の置けない仲間たちと駆け抜けた戦場に似た、埃と土と、血と硝煙の香り。昂揚と独特の熱気。身を毒す瘴気に似た禍禍しい空気。
俺がいる地下深くまで揺れたのだから相当な衝撃だ。たぶん地上部分の建物は殆ど崩壊しているだろう。


バシュンッと明かりが落ちた。電気系統は死んだらしい。白い灯りに慣れていたせいで、完璧な闇に眩暈がする。
一日に何リットルも供給されていたクスリも途絶えた。太いチューブにはいまや空虚な泡がプツプツと弾けて消えていた。
僅かずつ、自律した呼吸が戻り、自分の体温を自覚する。嗚呼、寒い、冷たい。久しぶりの感覚だ。


誰もいない。
たぶん、この施設は捨てられたんだろう。
あれだけ周りでうごめいていた人間たち。顔も知らない、白い防護服を着た彼らに愛着など欠片も抱くことは出来なかったが、脱出はできたのだろうかと、少しだけ心配した。
降伏していてくれればいいのだけど。
俺の勘から、敵は彼らの数段上手だ。






俺は置き去りかよ!