「久方ぶりよなセイバー。よくもこの我を十年も待たせおった。」

傲慢。不遜。俯瞰の眼差し。自身の優良を欠片も疑っていない、その自信に満ちた立ち姿。突如として現れた黄金のサーヴァント。その鎧と同じく、気配も威圧も視線も声も、金のように重く、月明かりに反射する。

「お前……アーチャー?何故、お前が現界している?その肉体(からだ)は………。」
「ククッ、この十年は退屈であったが、貴様を待っていると思えば些少の手間よ。我たちには永遠に等しい時間があるのだからな―――会いたかったぞ、セイバー。」

端整な美貌に見惚れるほど晴れやかな笑み。武家屋敷の屋根に仁王立つ黄金の男が今、心底、歓喜しているのだと。睦言のように抑えた声音がまざまざと語っていた。

「セ、セイバー。お前、アイツを知ってるのか?」

対するセイバーを見てみれば、白い美貌がなんとも表しがたい顔をしていた。
十年ぶりの知己に会えて嬉しくないわけではないのだがそれが歓迎できることとは言い難く、たぶんおそらく、コイツはドでかい厄介事を持って来たに違いない――――――そしてそれが避けられないことと諦めている、といった顔。
天災を甘受する弱い人間の表情であった。

「先の聖杯戦争にも喚び出されたと、以前に語っただろう。……アイツはその時のアーチャーだ。」

セイバーの言ったことはその場にいた全員に衝撃を与えた。……信じられない。そんな、偶然が有り得るのか?

「ちょっ……ちょっと!?貴方の時も思ったけど、なんで前の聖杯戦争の記憶があるのよッ!!サーヴァントっていうのは本体の複写体なのよ?一度還ったら全部リセットされるはずなのにッ!!」
「―――この我とセイバーをそこらの芥どもと同列に考えるな。無礼ぞ、雑種。」

黄金のサーヴァントは不愉快をあらわに鼻の頭に皺を寄せた。どうでもよいが何でこんなに偉そうなんだろう。ほら、雑種なんて言われた遠坂が怒りであくあくしている。どっちもデフォが偉そうな態度だし、世界は自分を中心にってタイプだから、磁石のNとNのようになるのは当然というか自然の成り行きなのだろう。







「そんな不粋な鎧など脱いでしまえ。貴様に身を守るものはいらぬ。かつて、あの時……一切の虚飾を剥ぎ取った貴様は震えるほどに美しかったぞ、星魁皇。
粗末な一重の衣を纏い、髪を振り乱し、神器に勝る青雷を幾条も落としながら、ただ剣の一本で駆け抜ける―――神の軍勢を単騎で圧倒する様を、龍に跨がり天空を翔ける様を……かつて我はエンキドゥと遠くに眺め、憧れたのだ。」

遠くを語る口調。きっといま、英雄王の心は遥かな古代へと帰っているのだ。かつての、いまや遠くに過ぎ去った青春を想っているのだ。
遥か高き英雄を知り、幼い憧れに胸を熱くしたことを。頬を染めて無邪気な歓声を上げた時を。その時の昂揚を。

「お前は……そうか、お前、いや、君は………あの時の金と鉛の片割れか。」
「思い出したか、二人の子供を助けたことを?」

目を眇めるギルガメッシュに、セイバーは苦笑する。

「あぁ…覚えているよ、あんなに幼かった子供が………大きくなったな」

どちらかと言えばきつめな美貌に、慈父のように愛しげな色が滲む。あまり表情が動かず、余人に冷たい印象を与えるセイバーが、本当はとても優しくて甘やかす性格だと知ったのは何時だったろうか。

「あれは私が……“俺”が、一番荒んでいた時期だった。忘れられる筈がない。
…あの時は何て馬鹿な子たちだと思ったよ。俺の戦場に近付いて来るなど、命知らずな。」

一人称が「 私 」から「 俺 」になって、セイバーの雰囲気が明らかに変わった。いつも柔らかく光っていた双眸は細められて冷たく荒み、張り詰めた鋭さに、俺は鳩尾が引き攣った。まるで、牙を剥いた竜の眼前にほうり込まれたような、本能的な恐怖。吹き付ける焦げそうに熱い吐息まで幻覚し、全身に脂汗が吹き出す。それは種としての違いで、どうしようのない優劣の差による萎縮だった。

「ちょ…待ちなさいよ、セイバー!貴方、金ぴかと同じ時代の英雄なの!?メソポタミアの神話に貴方みたいな英雄がいるなんて聞いたことないわよ!」

…………さすがだ遠坂。お前は空気が読めないのか。明らかに二人の世界に入ってたのが俺にだって分かったのに。
……そしてアーチャー。よくやったみたいな顔はやめろ、何故か非常に腹が立つから。セイバーは俺のだっての。






白い霧に包まれてセイバーの様子は見えない。だが、押し殺した苦鳴が思いのほか聞こえてきて、俺の不安を増長する。
キャスターの術は、被術者の時を戻すというものらしい。対魔力が高いセイバーはまだ変化はないが、キャスターの言を信じるなら、この術の嫌なところは、長い準備と複雑な法式と陣が必要で、戦闘に使える代物ではなく、生死の危険が薄い分ほぼ確実にかけられてしまう点であるという。
げに凄まじきは、五十人単位の魔術師を要する大掛かりな大魔術を、たった一人で実戦への投入を可能とする、キャスターのクラスに恥じぬ腕前か。

「特定の個人の、時間遡行ですって……!?そんなの、第一の域じゃない……ッ!」
「あはは!終着座標は彼が産まれた直後よ!胎児まで戻してもよかったんだけど、それじゃ面白くないものね。」
「なっ!!お前っ、赤ん坊のセイバーを殺す気か!?」
「彼の力は脅威過ぎるもの。セイバーを殺そうと思うなら、強くなる前の彼を殺すしかないわ。」
「だからと言って、これは些かやり過ぎではないか?キャスター。強いと言っても、たかが英霊の一体を殺すために、こんな手間をかける必要があったのかね?」

アーチャーが言ったことは俺も疑問に思っていた。セイバーは強い。サーヴァントというのが過去の英雄であるとしても、異常なまでに突出している。キャスターが脅威に感じるのも無理はない。マスターの俺ですら、彼の底が知れていないのだから。この聖杯戦争、彼は―――まだ、本気になったことがない。

『セイバーは何で本気を出さないんだ?』
『心外だな。私はいつでも精一杯やっているが。』
『む、馬鹿にするなよ。俺だって、セイバーが真面目でいい奴だってことぐらい分かってる。』
『その評価は不当だ士郎。サーヴァントというものは基本的にマスターの奴隷……質の良い使い魔だ。道具の良し悪しは使い手で決まる。』
『セイバー?』
『アーチャーと彼のマスターを観れば解りやすいだろう?彼女の見解は正しい。絶対服従、とまではさすがに言わんが、普通、サーヴァントを優遇するマスターはいない。だから君はとても稀有な例外だ。………私は運がいい、君が私のマスターで良かった。』

あの時、セイバーが言ったことは本心からだろう。サーヴァントは道具であると割り切り、誇りを押し殺して徒人に仕え、聖杯を望むゆえにただただ戦う。……そうするつもりだったのだろうとは、簡単に知れた。だが、同時に彼はひどく曖昧だ。聖杯の呼び出しに応じるくらいなのだから、きっと魂を尽くして望むことがあるはずなのに……まるで、勝ちを望まぬそぶりを端々に見せる。

迷っている。

「ふふふ!もうすぐ素っ裸の赤ん坊が出てくるわよ!」
「ちぃっ!!――アーチャーッ!!」

遠坂が叫び、それに応えてアーチャーが疾る。キャスターの笑声が響き、まるであの運命の夜の焼き直しのように、眩い白光が衛宮邸の庭に溢れる。俺は動くことが出来ないまま、だが赤ん坊が見えると同時に走ろうと身構える。
光が徐々に収まり、アーチャーの手がセイバーのいた場所に届こうとしたとき―――

「……え?」

セイバーはいなかった。あの誇り高い騎士は、その姿を消し、だが思っていたような小さい赤ん坊の姿はない。

……うずくまった人影。長い長い、立っていても地に引き摺るだろう黒い髪。白々と月光に冴えるほっそりとした手、腕、足。緩慢に動くその、おそらく、少年は、全員が声も無く見守る中、とうとう完全に立ち上がり、その顔を月に晒した。

その、金緑の、瞳。二つとない翠の宝玉。幼さの残る絶世の美貌。茫洋とした眼差しで、周囲の状況を理解しようとしているのか、凛とした姿はない、けれど。
おそらくは15,6の少年の姿だが、絶対、見間違えようがない、この突然現れた裸の少年は、

「セイバー、なのか?」

俺の声にぼんやりと首を巡らし、俺と遠坂とアーチャーを背にし、対立するように向かい合うキャスターを、己の立ち位置を確認する。不思議そうに胸を押さえて、糸を摘まむような仕草で視線を動かし、俺の顔に終着する。視線が絡む。

( あ れ が 、 て き か ? )

そう言ったのが分かった。それが俺とセイバーの、初めての念話だった。

「そうだ。あれが、俺たちの敵、だ。わけが分からないだろうが、時間がないんだ。とりあえず、戦えるか?」

産まれたばかりだというセイバーは、何故か少年の姿をしていて。キャスターの術が不完全にかかったのかもしれないが、不思議と、それはないと思った。人形のようなぎこちない動きは、まだ体を動かすのに慣れていないのだろう。それでも、セイバーが敗けるなど、想像もできない。彼は常に最強なのだ。それは当たり前に、世界に生れ落ちた瞬間でさえ違える事は有り得ない。彼は、いつだって英雄だ。

( り ょ う か い 、 し た )

いまだ呆然と立つキャスターを眼前に、幼いセイバーはかくりと力なく頷いた。





歴史に選ばれて人は戦士となり、歴史に刻まれて人は英雄となる。





穿たれた月。
天に突き刺さる断罪の光。
遠く遠く、遠い昔に、月より訪いし侵略者たちを討ち滅ぼした運命の剣。その光条は地上より放たれ、月を砕く直前にその切っ先を納めたという。

星の化け物。 最後の子。 源初の混沌。 太古の闇星。 極彩の蛇。 星を殺した黒獅子王。

いたる神話にその存在は登場している。古事記には天照大神の旧き友、そして伊弉諾の導き手として。ギリシア神話においては唯の一行、冥界を語る叙事でハーデスの客人として。北欧神話にいたっては、北方、何処かの死の国より訪れ世界と悪の全てを焼き尽くしたとされる謎の男、黒の死神スルトとして。
現代、二十世紀において彼の名は残っていない。さもあろう。彼は、神話に於ける神話、神々が囁く伝説であったのだから。