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ガギィィンッ!! 俺の心臓を貫くはずだった槍は、火花を散らして逸らされた。 閃光が弾ける。 突然、俺の体の下から噴き出した光―――エーテル(超霊的物質)体が大気(マナ)を巻き込み、膨大な魔力を取り込んで実体を編み上げていく。夜を飛び越えて太陽を間近に見ているような光景は、わけの分からぬままに、俺に死への怒りを忘れさせた。あまりに、非現実な出来事だった。 神速の穂先はそれと同等の力をもって完璧に速度を殺され、役目を果たせず、擲手の手に操り戻される。 圧倒的な威気が狭い土蔵を満たし、爆発的に膨れ上がる殺意と方向性を持った濃密な敵意に押されるように、青い男は、舌打ちをして土蔵から跳び退(しりぞ)く。 それを追わず、だが全身で威嚇しながら、……一時の安全を確信したのだろう、黒い闖入者はこちらを向いた。目を灼く光は徐々に小さくなっていき―――― 「―――問おう。君が俺のマスターか?」 それは、突然現れた。 猛々しく。雄々しく。およそ人間ではありえない男。その存在感は、相対しているだけで息苦しいほどだ。尻餅をついた体制を慌てて正そうと試みる。―――そうしなければいけない気がした。それほど清澄な気配だった。 手がある、足がある。姿形は人間である。そう、人間なのに、人間ではありえない、陽炎のように立ち昇る――――翠青を幻視した。 土蔵の暗闇の中で、その男の輪郭だけが浮かび上がっているようだった。貌は見えない。俺は、ひたすら茫然としていた。青い男に一度殺され、また殺されかけて、そしたら今度は別の男が現れた。今夜は非日常なことばかりが起きている。脳の許容範囲はとうに振り切り、混乱が頭を占める。 ―――その時、見計らったように吹いた一陣の風が、厚幕の雲を掃った。 絹紗が切れ、満円の月が威容を現す。銀の光が世界を照らした。 そして、世界がその存在の来訪を祝福しているかのように、月光が男の上に降り注いだ。 淡い輝彩が土蔵に差し込み、男の姿が顕わになり、そして、 ――――世界が一変した。 黒い闘衣に黒金の甲冑。 鎧に施された鬱金の装飾は艶やかな凛々しさで、 何か獣のような紋様が意匠されたそれは、芸術品のように壮麗でありながら、優れた武具としてその躯を守り通してきたのだろう輝きだ。誇り高く、神々しい。 夜にあってなお艶やかに黒い、星を秘めて波打つ長い髪は紗のようにたなびき。 ―――そして、最も目を引くのは、 明るい月の光よりも美しい、嫌になるほど美しい、燐光を放つ金緑の瞳。 男を構成している何もかもが完璧で。俺が今まで知っていた世界のなんと矮小なことか。この世界なぞ、男を引き立てるための装飾に過ぎない。その影さえも美しい。―――星が、彼を愛している。 「サーヴァント・セイバー、聖杯の呼び出しに応じ参上した。―――令呪の確認を。」 泉のように男から溢れ出していた魔力の奔流が、不意に方向性を持って俺に殺到する。感覚でしかないはずのそれは、質量さえ伴って俺の意識を圧迫してきて――――折られる、と確信した瞬間、 「ぐっ……あ、つ…ッ」 左手の甲が燃えるように熱くなり、咄嗟に右の手で押さえる。――熱い。じくじくと手の下で脈打っている。男が頷いた気配がした。 「ラインは通っているな。―――ここに契約は完了した。君が俺のマスターだ。 これよりこの身は、御身の敵を貫く鉾、御身を死の誘いから遠ざける楯となろう。君が俺の先を歩くならば、君の背中は俺が守ろう。君が俺の背中を見るならば、君の先行きの露を払おう。 ……聖杯を手にするは我ら。勝利の星は俺たちの上にある。」 厳めしい詞は、まるで戦勝の祝詞か、あるいは忠誠を誓う騎士の奏上か。思わず顔を上げれば、柔らかな微笑が迎えた。 ―――俺がこうして座り込んで解説している意味、つまり理由は。 脳髄に直撃する、臓腑を掻き回されるような、硬直してしまう美貌――――記憶に留めておけないほどの――――美貌での微笑みをまともに直視してしまい。………俺は腰が抜けてしまっていたのだ。 「ア、アンタ………」 「しばし待てマスター。外の敵を斥けてくるゆえ」 言葉を遮られ、言うなり飛び出して行く男を茫然と見送って、 「な、何なんだ……」 俺は途方に暮れて呟いていた。 胸中は疑問の嵐だ。 |