「かつて、
獣が神を咬み殺し、
人が神を焼き殺し、
鬼が神を食い殺し、
神が神を斬り殺した。
ならどんなものがあいつを殺そうと、今更だとは思わないか?メフィスト」

小首を傾げて見せる様は尋常でない美貌であるにも関わらず、どこか幼くかわいらしい。だがその青年が口にした言葉を聞く者のいったい何人が、ただ見惚れていられようか。彼は、神を殺すと宣言したも同じなのだ。

「何者があれを殺すか、それは私の預かるところではない。」

溢れる光りにケープは煽られ、その麗貌はいっそう冴え冴えと浮かび上がった。月もかくや、いや、くらぶべきものなきその美貌。対する青年と並べて比べてみるといい。もしかしたならば、まばゆさを打ち消し合って、まともに直視できる顔になるやもしれない。どちらにせよ人の智る所を越えた彼らだ。きっと脳は焼き切れて、廃人と化すだろう。魔界都市の住人はそれを理解しているのだ。
“彼らを同時に見てはならない”、
“彼らの行うことを遮ってはならない”
この場所では、とメフィストの言葉は神の託宣より重いのだ。
そして、およそ刃物を持つとは思えない繊手が、袖の中へと指先を隠した。何かを取り出すつもりなのか。

「私の患者に手を出した。それがあれの死ぬ理由だ。だが、君がそれをする理由もない。」

白い医師はどこまでも優雅に宣言した。希代の歌い手が皆、身を投げ出して渇望するだろう声。並の者ならば恍惚となって立つこともならないだろうが、<魔界医師>の前に立つのは、なのだ。
世界の軸を越えて来た異邦者、真理の具現、永劫を回帰する者、世界の蛇、識者。
彼を呼ぶ名は数多にあれど、本質を顕すものはようとしてない。

「俺が勝手にすることなんだから、メフィストには関係ないだろ」
「神を殺す者には、たいてい何らかの呪いが付いて回る。それを識らない君ではあるまい。」

そこまで口にして、珍しいことにメフィストは動きを止めた。そしてさらに恐ろしいことに、僅かにその目を見開いたのだ。

「まさかとは思うが……私を心配など、しているのかね?」

それは酷く人間くさい、この医師が、と魔界都市の住人ならば叫んで卒倒するだろうほど感情の込められた声。その感情の名は、

「…今度は照れるのか。」
「うううるさいっ!お前だっていくら人間外でもギリギリ生き物の範疇に入ってんだから死ぬことだってあるかもしれないだろ!」

それまでの神妙な様子を一変させては怒鳴った。精一杯目を吊り上げて吐き捨てるが、せつらをして「役に立たないヤブ医者」であり確実に世界一有能な医師メフィストには通用しない。の照れ隠しなどすぐに見抜いた。まあ、この場合は朴念仁の秋せつらでも十二分に知れることであっただろうが。うっすら染まった目許が滲むように色を醸し出している。それをメフィストは愛おしげに見遣り、半歩だけとの距離を縮めた。かつてなく柔らかな表情だ。

「君は私をなんだと思っているのかね。」

メフィストをしてもは理解しがたいのか。いや、そも、世界の真理を写す身が魔界医師を案じることからして、<魔界都市>の摂理に外れている。四ッ谷の吸血鬼たちでさえ、ここまで常軌を逸していない。悪意でなく、この医師を心配するだけ時間の無駄というものだ。

「医者のメフィストだろ。」
「私の名の意味を知らんとは言わせん。君は『識る』存在だろう?」

この医師が誰かしらにものを問う日が来ようとは!そう。彼はメフィスト。数百年の昔、若き天才ドクトル・ファウストゥスをその余すこと無き知識と美貌で誘惑した、悪魔メフィストフェレスの名を持つ<魔界医師>。或いはそのもの(・・・・)だがそれを彼に尋ねるにはそれなりの資質というものが必要だ。

「私は魔界医師メフィスト。そして君は記録者。私は私の治療を求める全てのものに治療を施し、君は識ることを求める全てのものにそれを与える。」



「君こそメフィストの名に相応しかろう。ただ、君と私の違いは、求めるものの代価だ。君が対価に求めるものは私としても興味深い。相手が等価と考えるものを持っていくなど。」
メフィストの言葉には静かに微笑んだ。そう、はそれが人でも物でも、魂あるいは心でも、相手が等価に相応しいと心底直感したものを持っていく。恋う人の心と引き換えに母親を受け取ったり、または世界の真理の対価にラーメン一杯の小銭を貰ったりもする。