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たまげました。 自慢できるほどきれいな人生を送ってきたつもりはないですけど。 困ってる人を見掛けたら手助けはしましたし、なんだか死にかけてる人を見たらそれなりの良心でもって救出したりもします。迷子を見つけたら即座に声をかけます、え、普通でしょう?なかなかしないものなのですか?それって社会の常識だと認識してたんですが。 それでも……………自分でも運が良いのか悪いのか、いまいちよくわからないのです。 魔物が突然踊り出したのを見たことがあります。 魔物の奇襲に見舞われたこともあります。 いきなり死にかけたことも多々あります。 どれもなかなか出来ない体験ではあるのでしょうけれど、こういうものは悪運が強いとか凶運だとかいうのでしょうきっと。 とにかく突発的な事象には本当に逢い慣れて、それなりに耐性が出来た、と………思って、いたのですが…………。 「い、生きてますか……?」 たまげました。 膨大な第七音素の塊が出現してあの人(人ではありませんが)がまたいらっしゃったのかと思ったらそれにしてはやけに脆弱な御様子で。 警戒して武器を向けていたら音素の消失と同時に人間が二人、何も無いところから落ちてきたのですから。 (冷静なようで実はかなり驚いているのです、私。) *** 「――て、―きてく―――」 ゆさゆさ。 「ん……」 「――きてくださ―――起きて―――――」 心地いい、ゆるゆると揺らされる。 どうして起こすのよせっかく気持ち良く寝てるのに。そういえば何で私寝てるのかしら、兄さんはどうなったのかし…… 「兄さんッッ!!!」 ら、と思う前に跳び起きて頭を掻きむしる勢いで煩悶した。実際には目を見開いてただただ茫然としていたのだが。 そうよ何で忘れていたのメシュティアリカいいえ響長ティア・グランツ!兄さんを、ヴァンデスデルカを止めないと……! 「あ、あの、」 そうよ兄さんを止めるためにわざわざバチカルのファブレ公邸に忍び込んだっていうのに! 可愛くも無いあの髭面老け顔27歳のせいで……!!シスコン将軍!!譜将のくせしていつまでもメシュティアリカメシュティアリカうるさいのよ!! ……あら? 「あなた……誰?」 「ああやっと気付いていただけました。」 おそらくニコリと笑っているのだろう、とは口許の雰囲気でしか分からなかった。 目の前でどうやら自分を起こしていたらしいその人物は、濃灰色のフードですっぽりと、頭から膝下までを覆い隠していたからだ。 フードの黒間から垣間見える目許は、まるで拘束具のような黒い、幅広の革で覆われていてまるで窺うことは出来ない。 漂白されたよりもなお病的に青白い肌と、禍禍しささえ感じさせる黒革とのその対比は、この現世(うつしよ)を疑わせるものだった。(最初は人型の魔物かとも思った。) ティアは刮目してザッ、と身を起こした。ああまだ動かないでと聞こえたがそれに従う理由も思考も余裕もない。眩暈がしたが精一杯身構えて睨み付ける。 どうやら彼(もしくは彼女)は介抱してくれていたようだが、それを差し引いて有り余る、滲み出るような怪しさがその恰好には在る。私は怪しいですと主張しながら歩いているようなものだ。 もともと人見知りがあり、警戒心の強いティアが疑うのは必然だった。 軍人の性か、警戒しつつ辺りを見渡す。 「これは―――セレニアの花だわ、ここは……?」 「此処はタタル渓谷です。貴女は突然何も無いところから出て来たのですよ、そちらの方とお二人で。」 そちら、と手で示された方を見ると朱い毛玉……いや白、の大型、の………… 「あああ!あなた……っ」 くらくらする頭で見遣ったそれは、自分が忍び込んだファブレ公邸の一人息子だった。 青ざめて上向いた、目を閉じた顔を見て嫌な不安が胸を染める。血の気が下がる音が聞こえる気がした。もしも彼に何かあれば自分は王族に連なる貴人を害した犯罪者としてグランコクマとダアトの両方から追われることになる。 何より彼は自分が巻き込んだのだ。関係のない、巻き添えだ。 脱力の余韻でよろめく足を必死に動かして、ファブレの子息へと駆け寄った。 しかし、人間二人を長距離移動させる程の超振動。それだけの力を起こした量の第七音素を強制的に扱わされた身体は全身の音素の流れが捩れ歪んでいた。 軋む体を無理矢理動かす。 「彼なら心配いりませんよ、多少呼吸は浅いようですがそれは極度の疲労のせいでしょう。」 ティアの必死な様子を見かねたのか、フードの人物はティアの肩の下に自分の身を滑り込ませた。 正直身体が強張ったが、それ以上に力が入らなくてやむなく隣に体重を預けてしまう。 粗い目の厚い布越しに薄い肩を感じる。ティアの目線よりも身長はまだ下にあった。声の調子もまだ若い女のように聞こえた。 「貴女が起きる前に少し見させていただきました。…よほど大きな譜術を使用したようですね、彼がまだ起きていないのは貴女と違って術の行使に慣れていないからでしょう。移動系の譜術があるとは聞いたことがありませんが……」 意外な力でティアを支えて、安定した足取りで歩き出した。説明が為された内容の、その確信しているようなはっきりした物言いに、僅かに疑問を感じる。 「あなた………医者か何かなの?」 「私がですか?」 医者に見えますか?と、彼女はクスクスと笑った。それは酷く穏やかな空気を纏っていて、ティアは少し安心した。 そうだこの人は人間だ。どんなに怪しげな恰好でも彼女は自分たちを助けてくれたのだから……。 「私はティア・グランツ。ダアトの神託の盾(オラクル)で響長をしているわ。」 それにニコリと笑って彼女は名乗った。 「私は――――、・です。」 「ね………綺麗な響きだわ。」 ひそやかに、少しの憂う響きを以って告げられた名は、カツリと音を立ててティアの胸に留まった。 終(つい)の燻り、最後の種火 |