まるで獣の様だった。

突き飛ばす様にしてベッドに押し倒された。
突然のことに動揺する暇も無く、抵抗を忘れた身体はのしかかってくる人影にたやすく自由を奪われた。明かりのない静寂(しじま)の闇だが視覚の発達したには自分の上を陣取っている男の面は、はっきりと見て取ることが出来ていた。未だ状況が掴めぬまま、思わずと言ったようにその名前を舌に乗せる。
「…セフィロス……?」
ベッドの上で、自分の腹に男、しかも弟が跨がっている。重みを感じる。低めの体温が今は熱湯のように熱い、腹に滲みる。眼前に突き付けられている違え様の無い現実に、出来るならば地に手と膝を付けて這い蹲りたい心境だった。
………あれなんで?この状況、ナニ?え、俺、ナニ押し倒されてんの。アイテ、弟ダヨ。
その状況のあまりの不自然さに、咄嗟に立てた肘で上半身を支えたまま、は茫然とセフィロスを見上げていた。
この状態は戸惑う以外仕様が無いと思う。まさか男に乗られる日が来るなんて。女に乗った経験もそんな多くないというのに。は茫然としながらも微妙な屈辱感と言い知れない焦りを感じていた。
唯一の家族である弟のいる家で気を抜いていた。否、が気を抜いて問題の無い、数少ない場所なのだ此処は。気のおけない奴などは来ることもないのだから。
自分とセフィロスがいる以上、誰であろうとこの住み処を侵し得られるはずがない。見敵能力は勿論、超人的な危機察知能力を持つ二人だ。もしかせずともリアルに世界最強の兄弟だろう。生身のハイセキュリティシステムだ。
けれど―――身内自体が自身に害を為そうとは考えても見なかったのだは。
しかも理由がよく分からない。
突き飛ばされて乗り掛かられるようなことをした覚えがない。
「お…俺、何か怒らせるような事……した?」
返事が無い。
(これはアレか、無視かっ!世に言うシカトかっ!?よよよよくイジメでき、嫌いな奴にするという……っ)え、俺嫌われてたんだ。
は真面目に落ち込んだ。
見下ろしてくるセフィロスの瞳は、常の怜悧で感情を能く抑えたものとは反転したかのように違っていた。
例えて謂うなれば―――――飢餓に牙を鳴らす肉食動物。
不穏な威圧感。血が滲むほどにギリギリと食い込む爪。異常な程にぎらついた翡翠の輝きを見た途端、は悟った。
(何か薬を使われたのか………?)
は目を細めた。触れてみて分かるほどにセフィロスの体内の魔晄が活発化している。魔晄の発露器官のひとつであるその翠瞳の輝きは、煌々との美貌を照らすほどだ。共鳴して引きずられそうになる。
魔晄中毒による自失とはまた異なり、エンドルフィンが多量に放出された状態に似る。つまり、軽度に興奮したモンスター状態だ。がっついて攻撃してこない所を見るとさすが1stのソルジャーと言うべきか、完全に我を失っているわけではなさそうだが……。
帰り着くまでは普通だったはずだ。家に戻ってからも普通に夕飯を食べて、風呂に入って、オヤスミをしたのだ。遅効性のものだったのか?だがセフィロスほどのソルジャーに一体何処で……。
どの様な効果か解らないが苦しんでいる様子は無いことからとりあえず毒では無さそうだと安心する。
だがセフィロス自身に害が無いとするとますます意味が解らなくなった。いったい何が目的でこの状況は作られた?

唐突に両肩を掴まれた。のしかかる体重と己に匹敵する筋力とに攻められて、の肘は早々に根を上げた。
正気でないのだからと諦めて、身体をベッドに沈められたまま成り行きを見守っていると、邪魔と言わんばかりに足で膝を割られ、その隙間にセフィロスの腰が押し入ってくる。
「ぅ、あっ…」
ピタリと密着する下肢がセフィロスの熱を持ったものを擦り付けてきた。生理的な刺激にびくりとのけ反る。
「ちょっやめ……んっ。ッ、セフィロス!」
ぐりぐりと押し付けられる熱に、身体が勝手に反応しそうになって堪らず制止の声を上げた。セフィロスも眉根を切なげに寄せて僅かに息が乱れている。仰のいて貌にかかった銀糸に言いようも無く艶を感じた。
だが理性はこの状態はおかしいと叫び続けている。両足を大きく開かされ、余りに恥を刺激される行為に腕で顔を覆った。
――顔が熱い!呼吸(いき)のリズムが崩される!

セフィロスの顔が下げられたかと思うと、そのままの首筋に埋まった。擦り付けるように、鼻先が何度も往復する。その様はまるで、獲物の美味い所を吟味する獣のような動作だった。
喰われそうだと思っている内に首に冷たい犬歯が当てられる。は次に起こるだろう事に気付いてその切っ先から逃れようと身を捩った。だが、が逃れるより一瞬早く、その凶器は首筋に突き立てられていた。
急所に食い込む歯牙に、さすがのも柔らかな麗貌を歪める。
「っ……ぐ、ぅ…」
柔らかな皮膚を裂いて更に食い込んでくる牙に、吐息と一緒に苦鳴が漏れ出る。獣の真珠色の歯に鮮血が滲んだ。気管を圧迫されて、くうくうと啼くしか出来ない。弟を力で押さえ付けたくはなかった。
遠慮も容赦も無く噛み締められて、むせ返るような血の香りが室内に満ちた。
自分のそれに半ば酔うように陶然としてしまう。
―――血の匂いは己の昂る戦場の香りだ。闘いの血の猛りを思い出させた。

チュプッと水音が耳元で聞こえた。
同時に聞こえる啜り上げる音に、セフィロスがの傷口に吸い付き、血を舐め取っていることを知る。
痛みはさほど無い。だが―――は昂揚していた。
執拗に舐ぶってくる舌の濡れた感触、血の甘さに濡れた歓喜の溜息………垣間見える、セフィロスの恍惚とした表情。
「、セフィロス……?」
覆いかぶさってしきりに首に喰らい付くセフィロスの背に、今まで所在無くシーツの波を彷徨っていた手を回した。
癒えようとする傷口を敢えて傷付いたままに留める。
「セフィロス、セフィ」
様子を伺うも首から顔を上げようとしない。困って背中をポンポン叩くが、一心不乱にに齧りついている。
「そろそろ出血が致死量だから、死にはしないけどクラクラするから、離れて欲しいな、とか思ったりするんだけど。―――離れろ、セフィロス」
セフィロスにというよりは、ジェノヴァに対して命令した。………胸糞が悪いが、こうするのが一番効率よく事が進む。