本名:珠杜市充
零崎名:零崎壱識(いちしき)


汀目俊希の担任。赤と青に比すれば黒。強い。帰国子女の元軍人。双識・軋識より年上だが過去の位階より大佐と呼ばれることもある。零崎一賊の中で定職に就いている希少な零崎。零崎の破綻。
武器は『異端審問(バイブレーション)』の、柄の部分に錆びた銀で奇妙に禍禍しいはりつけの男が意匠された『太刀(サーベル)』だが教鞭でも出席ファイルでも小枝でも素手でも殺戮には問題なし。テスト用紙で殺人した経歴あり。
『秩序の墓碑銘』『病める黒(シックブラック)』『零の後継(サクセス・ゼロ)』と呼ばわれる。昼行灯と言われるが、殺し名にしてみれば赤と並んで危険人物。微妙に運が悪い人。


人識→市充せんせ、せんせ、にーちゃん
双識→壱識さん、お兄さん、イブ
軋識→兄貴;イブ(軋識)、市充(軋騎)





零崎は横の繋がりであり流血で結ばれた家族であるがゆえに家族の敵は平等滅殺。ちょうラブファミリー。パパ的な市充はここぞという時には恐ろしく豹変する。日常的に昼行灯だが家族のためなら赤すら斥けられる男前。最悪の零崎。いみじくも最愛。






「家族のためじゃ。
――――零崎を始めるかのぅ」




「ぎゃはははははっ!!おにーちゃん最高っ!さっすが最強っ!!どっちが勝つかな、勝てるかな、負けないけどねぎゃははははっ!!たっのしみだよ早くしよう匂宮と零崎の怪物のいったいどっちが強いのか早く早くボクは知りたい!」
「…おんし、何ぞ勘違いしとらんかの。
勝つも負けるも、そもそも勝負なぞ俺はせん。俺は殺人鬼(零崎)ぞ」
理由なく、故なく、縁なく、意味すらもタイミングすらもなく。
殺すためだけに人を殺し、食事のように呼吸のように眠るように易く普通に、命題の如くそれが人生と言わんばかりに当たり前に日常的に快も悦も楽も悪意もなく人を殺せる(・・・)殺し名三位――――理由なく人を殺す、凶暴性は他の追随を許さない、最低に忌まれる最悪の<殺人鬼>。その性質ゆえに、殺し名序列一位の匂宮さえ滅多なことには、関わることさえしようとしない。
「俺らが此処でこれからするのは、ただ殺して殺すの殺し合いじゃ。
―――征くぞ、匂宮の若子」
獰猛なまでに異常な家族愛。




「“アヴェ・サタニ”……とは、言ったものじゃの」




「試合に負けても勝負に負けても、殺すことさえ出来れば重畳じゃ。殺せなかったら逃げなさい、背を向けて堂々とのぅ。おんしがどこぞの糞に死なされでもしたら、俺ぁブッチ切れるだろうからのぉ、舞織。双識と二人、碑銘を刻んでまた地獄を興すかも、の。“至高の地獄は常に貴方の裡に在り”じゃ」




「神はいるか、と問われれば。俺は答えよう、『神はいる』、と。
神を信じているか、と問われれば。俺はこう答えよう、『神など信じておらぬ』、と。
俺は神が居ることを知っておる。存在を認識しておる。余地もなく信じておる。神はおわすぞ、天に坐(ましま)しておられる、幾重もの御簾の奥に。だがな、奴は何もせん。なぁんにも、の。――――重畳じゃ、引っ掻き回されんほうが良い」





「おんや、お嬢ちゃんびしょ濡れじゃの」
ひどく場違いだと思った。雨がたたき付ける灰色の路地裏に、ただ佇むには、その人の雰囲気は安穏に過ぎた。似つかわしくない、まるで、
「ほらおいで。おんしの兄ちゃんが見つかるまでウチにおりゃあエェ」
まるで一般人。

少女はこの上なく焦っていた。艶々しい黒髪のおかっぱに、幼さに釣り合ったほっそりした手足。笑えばさぞ可愛かろうと思われる容貌はいまや痛々しく引き攣り、恐慌状態を如実に表している。眼球は上下に盛んに振られ、左右をせわしなく窺っては手を握ったり開いたりと忙しい。彼の兄がここに居たなら、なんと珍しいことと目を丸くしただろう。
この少女―――闇口崩子は、連れと離れて現在一人で行動している。兄である“死神”―――石凪萌太は、彼の姿は何処にもない。さもあろう。二人、殺し名一族から逃げて離れて、ようやっと京へと逃げ込んだのだ。一息ついて、それでようやく―――――見つかった。いくら死神と序列二位の闇口といえど二人はまだ子供であった。実戦経験は皆無に等しく、だが天性のセンスがあった。ゆえに生き延びたのだ。ゆえに此処まで落ち延びたのだ。何より疎んだ、彼らの実家が、その性質(能力)が、天つ才が、皮肉なことに何よりも二人を生かした。萌太ならば「利用すればいいんだよ?」と微笑んでくれるのだろうが、彼ほど崩子は割り切れていない。いかにあの家を捨て、親を捨てたといえども、闇口の“奴隷”の性質はその血統にこそ刻まれている。





「―――イブを呼ぶっちゃ」
「お兄さんをかい?」
双識は意外だという顔をした。右手の自殺志願をくるりと回す。
「なんだいなんだい、怖じけづいたかアス。」
「違うっちゃ。ただ情報より数が多いのが気になるんっちゃよ」
「殺し名でさえない、この程度の敵、彼の手を煩わせるまでもないだろう。零崎としてはじゅーくじゅくの未熟者の人識くんでも、充分殲滅できるレベルだと思うのだが」
そこでやっと、二人は顔を見合わせた。零崎の内では行動を共にすることの多い二人だが、だからこそ互いに譲れないこともある。イブについてはそのひとつである。
「あのガキが使えるか使えないかはどうでもいいっちゃ。イブを呼んだ方が確実だと言ってるっちゃ」
「あの人はこんな瑣末事に関わってはならないよ。イブ―――壱識さんは、なんとしたことに、意味不明なまでに、ましてや零崎のくせに――――平和主義な日和見主義だからね。過分に私も、だいぶ影響を受けちゃってるし」
「そのくせ、殺し名史上最強の零崎………全く質が悪いっちゃ」
「まあ色々と条件がいるのだがね……うふふ、ふふ、彼ほど素晴らしい人を俺は他に知らねぇよ。あぁ彼が弟だったらばどれほど、それこそ円形脱毛症になるくらい構い倒して可愛がったことだろうに………」
心底惜しそうに、ふぅーっと溜息を吐く双識は、改めて変態だ。黙って立っていれば、美形と言えなくもないのにもったいない。というか絶対に壱識を禿げさせるわけにはいかん。
「マジやめろ。つーかてめーにゃ無理だっちゃ。あれは王だぞ、俺らにどーにか出来る相手じゃねーっちゃ」
玉座も王冠も、軍隊も臣下も、城砦も領土も、支配者が持つべきものは何一つ持っていなくとも、自らの足で立ち、己のみを従えて、矜持という剣と王冠を携えた、自らという唯一無二の領土を治める王。その矜持ゆえに、王である者。
圧倒的な力。力というものを体現させたらこうなる、そう思わせるだけの存在感。跪き額を地に擦り付け、慈悲を請いたくなる。絶対の服従と忠誠を誓いたくなる。戦って、戦って、戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って。築かれた幾千の屍の先に、また無数にうごめく敵、敵、敵。およそ正気でいられないだろう彼を、それでもこちらに留めたのは、支えているものは、

――――――おれたち(零崎一賊)。流血の絆。

「………それが俺の誇りだっちゃ」
初めて彼に会ったとき、
……心臓が止まるかと、思った。
だくだくと溢れ続ける鮮血の海に、黒黒と積みあがった屍肉の山の前に、ただ、独り、立って。赤い戦場に、一筋の、闇が。黒が。勝者が。
凄まじかった。凄まじく引き寄せられた。蒼の暴君に見(まみ)えた時のように、………零崎としての、絆の吸引力。もしくは、ただ、……押し潰されそうな圧迫感の中で、―――彼の前に膝を折りたいと願ってしまった。王を、見つけたと、思った。支配を望んだ。零崎が。零崎に。ジンアンドイットのような、苦い酩酊する甘さ。まるで禁断の恋のような。
茫然と、断じた。零崎は零崎と対等でなければならない。零崎と零崎は馴れ合わなければならない。支配者と被支配者であってはならない。主を望んではならない。そんなことは、認められない。あっていいはずがない!
それからは逃げまくった。ひたすら彼を避けた。双識が怒るくらい、曲識が取り成すくらい、人識が呆れるくらい、何かと理由をつけて再会を後延ばした。――――結局、そんなことに意味はなかったのだけれど。今はいい関係だ。あれだけ避けまくったというのに、今では一番近くにいないと気に食わない。兄弟のような、父子のような、なんともむず痒い距離にいる。心の中でだけ、今でも誓いは生きている。「彼の臣下であれ」、と。開き直ってしまえば、彼の傍は奇妙に安らぐ場所だった。自分も彼もどいつもこいつも、殺人鬼だというのに殺人者だというのに。まるで闇口かのように――――求める彼の下に群がっていく。
彼は美しい、彼は強い、彼は優しい、そんな賛辞はすべて陳腐だ。彼はまるで、そう、神の失敗作のように美しい生き物だ。失敗した人間――――人間として失敗している、し続けている生き物。手が滑って誤って、正の要素を混ぜすぎたらきっとこんな人間が出来上がるのだろう。愛される美徳を兼ね備えた人間だ。だが何ゆえか、如何の業か、何の因果か………零崎へと転向した。イタリアでの軍属時代に覚醒し、その性質を自覚し、日本に渡って来たらしい。「何かを感じたんじゃよー」と壱識は笑っていたが、果たして海を越えてまで零崎の共感は届くのだろうか、と疑問に思ったことを覚えている。
「……イブは強いけれど、自分のための強さじゃないからね。彼に愛された者は幸いだ(Quelli che furono amati da lui sono felici.)」
「それは俺ら(零崎)の特権だっちゃ」
彼のためなら俺は神すら容易く殺せる。彼が望まないと分かっていても。暴君に向ける恋慕とは異なる、しかし、同じくらいの強さで盲信している。
「私だってお兄さんのためなら、いかに相手が君といえど、何だってして見せるさ」
「………阿呆かてめぇ」




ゆっくりと落ちていく萌太。ホームから手を差し伸べても、すぐそこにいるのに、遥かのように遠かった。にこり、と萌太が笑う。さようなら、と。ただ何も分からなくて、呆気に取られて、あれっと思考したその瞬間。
―――――――虞風が吹いた。
胸倉を引っ掴まれて、普通の人間の反応速度を超えた力で投げられる。180センチはあるだろう男の身体で軽々とそれをした白い綺麗な手の持ち主は。
「い、壱識さっ……」
見えたのは一瞬。けれど間違えようのない彼の姿。
黒い髪が夜のように広がって(僕はそれが気に入っていた)不思議な金緑の眼が細められて(その優しさに依存して)朱い唇が微かに撓って(心地よい独特の口調が耳に優しかった)ひらりと片手でバイバイと(殺す手なのに、撫でられるのが密かに嬉しかった)
残像が伸び――――掻き消えた。





俺の望みが、選択した未来が間違っているのなら、誰かが俺を殺すだろう。