『ミカフツはに捕まりました』















ミカフツの処遇が決まる日。



場に染み付いた記憶に鼻がすん、と鳴った。
どうも仕種に獣めいたものが増えたようだ。業を多く纏う記憶に、左手がくつりと疼く。
瞑目。
出たがるカルマを左手を握り締めて宥めつける。従順な紋章で助かった。
瞑目、そして溜め息。



一番高い場所にファルズラームとシャスレワールが坐し、そして位の高い順に貴族院の面々がが並んだ。
ぐるりと囲まれるようにして最も下段に立たされているのは、まだ稚(いとけな)い、幼児にさえ見られる子供。この場の粛々と張り詰めた空気に何を感じているものか、動かない表情からは読み取れない。


「―――これより、罪人ミカフツの処遇に関する議を執り行う」


ファルズラームの放った言葉が場の空気を震わせた。
その傲慢な、自分の力を信じて疑っていない声はこの場所に馴染まない、とは思う。
口にも顔にも出す愚を犯しはしなかったが。
罪人を裁き、時には赦しを与える、法の番人の守るこの場所には権力の力は不必要だ。力で解決すべきでないことは多い。

は全ての心を押し隠して、二人の王女の後方に、フェリドと並んで立っていた。ファレナの双璧と呼ばれる戦士二人が寛然と並び立つ様は、まるで一幅の肖像のごとく衆人の目に映った。

かたや次期女王騎士長と目される、闘神祭優勝者であり、立派な体躯を誇る精悍な青年、フェリド。
かたや前騎士長補佐であり、今なお人望厚く、ファレナの軍事を掌握している、神魔の如く清冽な美貌の
師弟のようなこの二人がこの国を守護する限り、国の安泰を信じていられる。根拠なくそう安心してしまえる光景だった。

二人の心情は別に有ったとしても。



―――――何か下手なことをすれば付け込まれる。
国民や貴族が思っているほど、と王女らの仲は良くはない。むしろ、玉座への障碍と思われているだろうことと、はファルズラームを認識していた。

眉一つ動かさず、ギリ、と握り締めるの拳を知っていたのは隣に立つフェリド。そして無表情に真っ直ぐを見詰めていたミカフツのみだった。


「―――――危険過ぎる。例え子供だとしても、いや子供だからこそ危険だ。」
「然様然様。ゴドウィンの警備をかい潜って奥方を害した童ぞ!」
「………生かしておけば後々の禍根の芽となろう。ここで殺して於かねば―――」


「――――――――――滅多なことは口に出さぬが宜しいぞ、ファーニベル卿」



場の空気が最悪な決定へと流れようとしたその時、冴え冴えとした声が決定的な言葉を遮った。言葉を奪われたファーニベル伯は顔を朱に染めて不届き者を探した、が、せわしなく振られる首はやがて正面を向き、そして高みヘ―――――――


「タ、殿………」


これ以上ないくらい冷たい視線。切り裂かれそうな威圧を伴ってそれはファーニベル伯を圧倒していた。
ひやりとした空気が滲む。過ぎた怒りで無表情のは正に氷の美貌と呼ぶに相応しく。自国内外に轟く“勇猛の美鬼”が今、まさに眼前に在った。


「よく見よ、まだ稚き幼子ぞ。」
「だ、だがっ!それは、その少年は、貴族の妻を殺したのだぞ!」


がなり立てる貴族に、は分かっている、と頷いた。


「その通り。ならば相応の罰が必要であろうな。だが処罰の対象の責任能力の有無によってはファレナの法は適用されぬ。」


低く、重くさえある声は、場をその力で、その声だけで押さえ付けた。
これが女王騎士と知らしめるような、威風堂々とした姿。
数多の死線をくぐり抜けた者だけが持つ戦士の迫力。

目が醒めるように鮮やかな翠瞳、金の鱗粉を散らしたそれを惜し気もなく見せ付ける様は、本人が意図した威圧以上の言い知れない雰囲気を持つ。
貴族たちを黙らせる一方で、いとも容易く死という残酷なまでに取り返しの付かない言葉を口にする貴族らへの怒りが、鉄壁の理性を僅かに崩した。
感情を乱すことの殆ど無いの、氷塵を孕んだ洩れ出す殺気。その怒りは牝蜘蛛を誘き寄せる恰好の撒き餌であった。


「…そう言うからには情けをかけずに裁かなければならないねぇ、?」
「………ファルズラーム様。」
「何せ貴族の縁者を殺した者だ、子供ながらにそれなりの思惑があったのだろうよ。……きつい仕置きが必要だね。死刑にするか?それとも五十年の禁固にするかい?」


それまで面白くもなさそうに論議を眺めていたファルズラームが唐突に口を挟んだ。
その冷酷な物言いには眉を潜める。それでも努めて穏やかに、努めて穏やかな口調で諌めの言葉を口にした。相手は王女、自分は騎士。相手は王女で自分は騎士!


「…ファルズラーム様、慈悲無きことをおっしゃいますな。……ファレナの法には十以下の子供への刑の容赦も明確に記されております。」
「たかが騎士が、王族たる妾の言葉に異を唱えるのかえ?」


相手を下す意図を持って投げられた言葉に、目を伏せて手のひらと拳を合わせ、恭しく身を折る。流れるような所作で為された貴人への礼は衆人の眼を奪った。洗練された宮廷の佳人麗人を見慣れた者らが思わず言葉を失ってしまうほどに、それは清らかな麗姿であった。


「女王騎士ゆえにでございます、ファルズラーム、王女殿下。」
「お前っ……!………いや。成る程の……」


それと分からぬほどの薄い毒は確かに彼女の耳には届いたようだ。
シャスレワールは何に姉が過剰反応したのか分からず、オロオロと二人の顔を見比べている。善くも悪くも彼女は人が良いのだ。王族として、継承争いの片割れとして致命的なほどに。


「王女殿下、か。ふ………なれば事は容易いわ。」


何がそれほどお気に召したのだろうか、彼女は酷く愉しそうにに絡み始めた、その美しい面を悦に歪めながら。その隣では、シャスレワールがちいさく身を縮こませている。


「ね、姉様」


妹の呼び掛けに姉王女は顔どころか目線さえ寄越さなかった。口を開かないということは、一応は聞いているのだろう。


「まだ幼い子供でございますわ……死の意味も分かっていないのです。」


細々とした声はともすれば貴族たちの囁きに掻き消されそうであった。なんとも必死な声だ。


「庇うつもりかえ?――――そうよの、ストームフィストでは幽世の門の連中が出たそうな……」


細めた横目で妹を嘲る女は意地悪げに赤い唇を歪めた。姉妹で揃いの銀髪は、その所有者でこんなにも印象が異なるのか。シャスレワールの髪が優しい月の光りならば、ファルズラームの髪は灼けるように冷たい氷の大地だ。


「女王にしか従わぬ幽世ぞ。それを使えるのは……」
「それ以上はお慎みなさいませ、ファルズラーム殿下。」


もはや姉殿下の独壇場であった場に制止の矢を打ち込んだのは、まだ若い女の声だ。軽くどこか飄々とした、掴み所の無い口調。


「……ルクレティアか」
「ここで論じるべきはゴドウィン卿の奥方様を殺した子供の処遇です。姉妹喧嘩はお外でなさって下さいね?」


その場の全ての人間がぽかんと口を開けた。唖然としてルクレティアを見詰めている。とフェリドだけは吹き出さないように咄嗟に口を抑えてプルプルと震え、ミカフツはボーとしていた。幸い気付いたのは若き軍師その人のみで、王女たちの後ろでグッジョブと親指を立てると、扇の影で薄く笑った。
真意を窺わせない笑顔の仮面で、緩やかに吐かれる辛辣な毒。茶化すことで暗に下らぬことをと言い捨てる、不敬とも取れる暴言にシャスレワールは目を見開き、ファルズラームは憤怒の色を浮かべた。


「一介の軍師風情が、そのような物言いを赦されると思うてか!!」
「この場は法の聖域にございます。王女と謂えども……」
「おのれ、王家の輝く血を軽んじるか……!」


蒼ざめるほどの怒りに震えるファルズラームに、潮時だとルクレティアに目配せをして、静かには声をかけた。せっかく場の流れを変えてくれたのだ。尻拭いは自分がするべきであろう。年若い軍師は確かに有能だが、少々悪ふざけが過ぎるきらいがある。
癖のある人物だからこそ、その若さで貴族院へ出入りが出来る地位を持っているのだが。


「もう自室にてお休みなさいませ、殿下。決定は後ほどお伝えします故…」
「っ……送りや、!」
「承知いたした。……フェリド、後は頼んだぞ。」
「承知。」


泰然と頷くフェリドに、はそれと分からぬほど淡く微笑んだ。やはり彼が女王と共に立つ男であると。垣間見えた威王の片鱗に満足して、はファルズラームの手を取った。





王女と騎士長代理が大扉の向こうに消えるのを見守って、フェリドはこれから友が受けるだろう苦労の数々を思い浮かべて心の中でそっと涙を押さえた。

友よ、お前はあれだけあからさまに絡まれていてまだ気付いていないのだろうな。無意識で女に優しいお前だからな、王女も貴族らもきっと誤解しているぞ………食えない軍師は絶対分かっているだろうが。ほとんどの事はこなす癖に妙に不器用だからなお前。訳が分からず周りに翻弄されて右往左往するの姿が目に浮かぶ。日頃お世話になっている礼に女関係は俺がフォローしてやるか……。あゝ友よ、……………なぜお前はモテるんだ。艶事にも関心なく、下心も打算も知らないくせに、厄介で妙なモノ(王女やら軍師やらその他諸々の貴族たち)にばかり好かれやがって。
今頃、姉殿下のセクハラ(四十代が二十半ばに手を出したらそれはセクハラだろ)を受けているだろうを偲んで、細く溜め息を吐き出した。


「その子供の処遇はこちら(騎士団)で預かる。危険因子は手元で監視していたほうが良いだろう。」
「確かに……」
「…だが誰が監視するのだ。並の兵士に出来ることではないぞ?」
「あらぁ、適任がいるではありませんか。」


ルクレティアの自信満々な声に、自然と視線が集まった。好意的でもそうでなくとも突き刺さる視線をさらりとかわして、ニッコリ笑うルクレティア・メルセス。思わせぶりに上目で扇を翳す。色気たっぷりな仕種に悪寒しか感じないのは何故だろう。
……聞きたくないが聞かねばなるまい。


「…………メルセス卿には案がお有りか。」
「うふふ……子供好きで誰もが認める人格者で、おまけに強くてそう簡単にはやられない………」


殺られない、に変換して聞こえたのは気のせいか。うふふふふっと笑う女をフェリドは激しく問い詰めたかったがさすが軍師と言うべきか、見事に先手を打たれた。


「騎士長代理閣下その人です。」


王手(チェックメイト)。
軍師の笑みがそう言っていた。


「いいやいやしかしちょっとまて軍師!只でさえ忙しい代理閣下の仕事をこれ以上増やすわけには……」
「しかし彼が第一発見者兼捕獲者なのでしょう。イヌネコであろうと拾ったならば最後まで面倒を見るのは当然のこと……うふふ、面白いことになりそう。」


イヌネコじゃねぇよ人間だよつーかやっぱりてめーの楽しみかよと全ての人の目が言っていたがそれもさらりと無視された。この女の神経はガレオンの注連縄よりなお太いに違いない。


「…………の、ぁの、」


フェリドの神経がその耐久性を試されているとき、か細い声が妙に半ナマに固まった空気を壊した。この状況の打開を願ってフェリド共々貴族たちが揃ってブォンッとそちらを振り向く。抑揚のない澄んだ声は、これまでじっとを見つめていた、渦中の子供のもの。が姉殿下と退出してからは何にも興味ありませんとばかりに顔を床に向けて俯いていたのだが……。虚ろな水色の瞳は、ルクレティアを写してぼぅとしていた。


「…だいりかっかって、」
「あの黒髪の美人なお兄さんですよ。あなたを保護(捕獲)した方ですね。あなたはあの人のお世話になるのですよ。良かったですね♪」




悠々と着物の裾を捌いて「さあさあもう解散ですよ。お忘れ物の無いように気をつけて。」などと勝手に仕切るルクレティアを眼下に、フェリドはそっと目頭を押さえた。