ゴドウィン城前の桟橋に、ゆらりゆらりと、定まらない黒が揺らめいた。
星の灯かりさえも届かない夜の影から、さらに黒々とした、闇を纏った人型のナニカが滑り出てくる。
それは、酷く鮮やかな華、甘やかな蜜のように。
どうしようもなく惹き付けられる存在だった。

黒布に鬱金の装飾を散らした、荘厳で悠麗な女王騎士の正装。
騎士の身分を表す黄金の額あて。
夜の闇にも溶け込まない、風に乱れ遊ぶ黒漆の髪。
後腰に固定された長大な刀。
なによりその人物を示すのは、細月を宿して炯々と瞬く、翡翠の双眸。


「……静かすぎる。幽世は来ていないのか……もしくは、事後」


は慎重に辺りを伺った。城はしん……という音が聞こえそうなほどに静まり返っている。さわりと木々の擦れる音、篝火のたてるカラリという音以外には何も聞こえてこない。
―――――いっそ、不自然なほどに。
人の気配のない静かな夜。


「……おかしい。」


いくら静かな晩とはいえ、物々しい警備の兵が特徴のこのストームフィスト。夜の巡回をしていないはずがない。


「これは…………ん?」


ふと目を懲らした。
その視界に入ってきたのは、

―――――――――ちいさな子供。

は夜目がきく。ゆえに、その少年というにもまだ幼い子供が薄茶の髪をしていることも、丈の短い着物を着ていることも視認した。そして―――――微かな血の匂いも。


「……君、どうした?迷子か?」


ジィ……、とそれこそ穴が空くほどに見つめられた。無表情、――――いや、あまりに虚ろな、無感情の眸。

は、すっと半歩、身を引いた。
寸前まで心臓があった位置を疾風のような銀光が走る。


「………君、」


一寸の躊躇なくの命を狙った子供。必殺を失敗した悔しさも恐怖もなく、闇に溶けそうな存在感でもって二度目の隙をうかがっている。


「幼い暗殺者、か。―――幽世も下種なことをする。」


この子はここで抑えておかねばなるまい。子供を傷つけるのは本意ではないが、放っておけば将来的に碌でもないことになる気がひしひしとする。そう、たとえば。敬語キャラの貴族の雑用係にされて馬車馬の如く西に東に行かされた挙句、最後の足止めにされて半ば心中気味に死ぬ、とか。
……やけに具体的だ。紋章の力だろうか。


「少しと大人しくしていてもらうぞ。」


薄暗い闇をまとうアサシンに、“闇そのもの”がその手を伸ばした。

救うために。