は女王騎士です。』


















『幽世の門がストームフィストを急襲した』

そう太陽宮に通達が来たのは嵐の夜。が夜番として女王騎士の詰め所にいた晩だった。




殿!!ストームフィストが強襲されたと……っ!」
「…らしいな。ガレオン殿、俺は先に行く。あとから手勢を連れて追って来てくれ。」


ズンズンと重い足音と共にガレオンが詰め所に駆け込んできた。
普段から硬い表情はさらに強張り、眉間は強く寄せられている。


「単身で乗り込むおつもりかっ!?せめて我輩か他の女王騎士を……!」
「俺ひとりならテレポートで今すぐ飛べるが他人を連れるとしくじることが多い。………大丈夫だよガレオン殿。要人の救出と住民の避難に専念するつもりだからな。」


向こうにも警備兵がいるだろうしと、にこりと安心させるように笑う。
だがその固い決心を示すかのように、装備を整える手は一時も休まることはなかった。


「………ですがっ!!女王騎士長亡き今!殿にまで何かあれば一気に統率が崩れますぞ!」


名工が丹誠を込めて彫り上げたように精緻な美貌。
そこに浮かべられた笑顔に、危なく頷きかけた。が、ガレオンは鋼の理性で踏み止まる。笑顔に誤魔化されてなるものか。
は残念、というような表情を一瞬作るが、ガレオンがそれと気付く前に掻き消した。


「だが行けるのが俺だけなのだから、仕方ないだろ?」
「ぬぅ……、せめて、せめてあと半時お待ち下され!その間に隊を整えますのでっ………」
「それじゃあ遅いんだよ、ガレオン殿。ゴドウィン卿には奥方と息子がいらっしゃる。」


ガレオンはハッと息を呑んだ。


「……おそらく幽世の門に命じたのはファルズラーム様だろう。女王も騎士長も空位の今、国民を守れるのは我らのみ。」


オルハゼータ女王が崩御し、その忘れ形見である二人の姉妹の継承権争いは激化した。
それぞれが貴族を味方につけ、暗殺集団を抱き込み、互いの夫を殺し合った。
ファルズラームにはバロウズ家が、シャスレワールにはゴドウィン家がつき、その思惑のままに覇権を争っている。

女王も騎士長も不在のままに迷走する宮廷を、女王騎士を統率し、纏め上げて一応の安定を図っているのがだった。
女王の名の下にあるはずの兵の多くも貴族たちの私兵と化して、宮廷の誰もが王女たちの骨肉の争いに目を向ける中、元女王騎士長補佐役を務めていただけは二人の王女の娘たち、そして巻き込まれた国民たちの安全を懸念した。

争いに関係のない女子供・国民を守らなければ、と騎士たちに呼び掛け、応えてくれた兵たちを纏めている。



限られた権限の中でやれることは全てやった。

覇権を争う貴族たちと関わりのない騎士を厳選して、ハスワール・アルシュタート・サイアリーズ、そして産まれたばかりアルシュタートとフェリドの子・ルーファンの近衛とし、兵たちには隊を組ませてソルファレナ内の警邏に廻らせる。
そして国内の混乱に乗じた他国の侵略を防ぐために、ナガール教主国とアーメス新王国との国境線の守備を強化し、各地の領主にも警戒を促す通達を出した。


やることは多く、その責任は重い。

一段落ついた時にはガレオンやフェリド、他の女王騎士、ハスワールたちや騎士見習いまでが無理矢理寝床に押し込むほどに、の顔は憔悴し、白々しくやつれていた。




アルシュタートには既にフェリドという騎士がついている。
はこの青年を補佐として、さりげなく女王騎士長としての執務を教育した。

女王の夫として為すべき儀礼を雑学のように教え込み、噂話のように貴族の派閥について論じ、サボる振りをして少しずつ重要な書類の処理を任せ、他の騎士や兵たちと交流できるように予定を組んだ。
ファレナの要位置を占める貴族たちとの歓談の場に連れて行き、顔を覚えさせた。その人と為りを忠告のように笑って告げた。


やってもいいこと、やらなければならないこと。

心構えるべきこと。

果ては、戦争に於ける指揮官としての戦術までも互いに論じた。




何故ここまでするのか。


――――――――には、見えていたからだ。



アルシュタートがファレナの女王として起ち、その隣にこのフェリドが立つところを。


勘のいいフェリドは時折、何か聞きたそうに顔を伺ってきたが、それでも教える全てを熱心に吸収した。
の態度に何かを感じていたのかもしれない。


何か言いたげな視線は変わらなかったが、はそれを一切無視した。

……何も話す気はなかったから。







「フェリドは今アルシュタートのところか、……そのまま警護するよう伝えろ。
ハスワールとサイアリーズのところにも腕の立つ騎士を行かせてくれ。近衛兵も忘れずに。」
「何故ですかな?それより少しでも多く、ストームフィストに出したほうが………」


宝石のように煌めく翠眸がガレオンを見つめた。見定めるような視線に射抜かれる。
そこに含まれる無意識の圧力に、何も言えなくなって押し黙った。


やがて、ふ、との口元がほころんだ。眸もやわらかく細められ、先ほどまで充満していた張り詰めた空気が一気に霧散し、消えてゆく。


「ガレオン殿は素直だな…。」
「は………?」


褒められてない。
というか年下に言われる台詞ではない。


だが腹は立たない。


見掛けは若くとも、が尊敬に値する人物だということをガレオンは知っていたからだ。
見かけどおりの年齢ではないことも。



「まぁいいさ。それでは行ってくるよ。」
殿っ……!!」
「あとは頼んだ。」


ぎゅっと額あてを締めなおし、は白い指先で左手を撫でる。
黒いグローブに包まれた手の甲から溢れ出た闇が完全にその身を覆い、の気配は塵一つ残さず掻き消えた。

その場に残ったのは僅かな、甘い花の残り香。



ガレオンはに向けて咄嗟に伸ばした拳をギリッと音が鳴るほど握り締め、与えられた指示を全うすべく踵を返した。



「誰ぞ!女王騎士を召集せよ!!軍団長と近衛兵長を呼べ!!」



詰め所の近くで警備していた兵に指示を飛ばし、ガレオンは一つ溜息を零した。


心にあるのは、闇を纏った、優しく、美しい女王騎士。



「どうか……ご無事でいて下され………」



その呟きを聞いたのは、この絢爛とした宮に巣くった、 や み のみ。