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気付けば周りは真っ暗だった。 闇だ。 吸い込まれそうに深い深い、 鍛え上げられた平衡さえ失いそうな漆黒の闇。 それでも俺にはなんだか懐かしく感じる闇だ。 どちらかと言えば冷たい闇が、 俺には揺り籠のような安心感を与える。 確かに目を見開いているはずなのに、 自分の身体だけがぽっかりとこの空間で浮いているように思える。 魔晄の瞳にはありえない現象に少々焦った。 この場所には俺しかいないのかもしれない。 「今度はどこだよ……。 レックナートどこ…。 な〜んで俺だけ、 コンナのばっか……」 声をかけられるまでその何かに気付かなかったのもそのせいかもしれない。 要は動転していたのだ。 『主。』 「ウぇッ!!」 かけられた声に驚いて振り返れば何もない。 首を傾げて気配を探れば、 足元に違和感が。 『主、 下だ。』 「あっ、 蛇。」 そこには黒い蛇。 しかも二匹。 しかも頭をもたげてこちらを見てる。 …目が合った。 その目はなんだか期待に満ちてキラキラしてる。 話しかけてもらいたそうに、 でも遠慮してるような。 ゆっくりしゃがんで、 二匹に目を合わせた。 ……蛇とかの爬虫類ってさ、 目に瞼がなくって感情が無さそうで怖がられてるんだよね。 でもそんなの嘘っぱちだよ。 「今話しかけてきたの、 キミら?」 『主、 好きだ。』 「え。 うん、 ありがと。」 いきなり告白された。 平淡な声音が妙に可愛い、 かもしれない。 この二匹が喋ってるのは間違いないみたいだけど。 え? 何で驚かないのかって?話せる蛇が二匹いたくらいでナニがあるんだよ。 喋るケモノだっているんだぞ。 しかも燃えてるんだぞ、 シッポ。 それにしても見事に二重音声だ。 同じトーンの声が同時に全く同じ言葉を紡ぐ。 二匹はするすると身体をこちらに擦り寄せて、 ちろちろと細い舌で両腕を舐めた。 くすぐったい。 これってきっと親愛の表現だよな?味見されてるわけじゃないよな? 「えぇと、 キミら何?」 『私は業の紋章の化身だ、 主。 今は主の左手に棲んでいる。』 「業、 の紋章?それってこの左手の痣のこと?」 『痣ではなく紋章だ。 私の同胞の宿主から聞いていないのか?』 「もしかしなくってもそれってレックナート?あれは真の『 門の紋章 』で、 ということは俺のこれも真の紋章!?」 『そう、 真の『 業の紋章 』。 主、 これを見てくれ。』 ぽう、 と明るくなったと思えば、 俺は満天の星に満ちた、 まるで出来すぎたプラネタリウムのような空間にいた。 上下左右、 四方のどこを見ても星がその存在を主張するように煌めいている。 ゆるり、 ゆるりと表情を変えながら廻る星々のその中心に、 俺という存在は浮遊していた。 「綺麗なとこだな、 ここは……」 『主が綺麗と言ってくれて嬉しい。 ここは世界を廻る流れの中心だから。』 「宇宙じゃないのか。 この星みたいな光はなんだ?」 『それはヒト。 人の魂の輝き。 主、 この星を見てくれ。』 天を飾る星に似たその輝きに見入る俺に、 二匹の蛇が示したその星は明らかに穢れていた。 光を放たず、 埃や滓に塗れたようにくすみ、 その廻転を止めている。 周りの星々の輝きに圧され、 その存在は灰色に埋没していた。 周りを見ればそこまではいかずとも、 輝きが儚いものや廻転を止めかけているもの、 他の星の軌道上に逸れかけているものが目に付いた。 周りの星の輝きが強くて気付けなかったのだ。 注意深く見ればあちらこちらに、 結構な数が存在する。 「なんだあれ…。 やけに汚れた感じ……。」 『あの魂に付着した埃のようなものは“業”だ、 主。 前世、 前々世から累々と積み重ねてきた、 いわゆる悪業。 その“業”は魂の流れの過程で付着し、 その輝きを鈍らせその流れに澱みを招く。 主、 あの魂を呼んでくれ。』 「ぅえっ?よ、 呼ぶったってどうやって」 『左手を翳して、 〈来い〉と念じれば。』 促されて恐る恐る腕を差し向けて、 来いと小さく呟けば、 その魂はすぅ…と流れるように俺の胸の辺りに浮遊した。 近くで見ても本当に汚かった。 滓に塗れ、 カサカサに渇いた表面。 埃の一粒ずつに込められた業を感じ取り、 その凄惨さに身が震えた。 触るのが怖くなるほどに危ういその毀れ。 これが本当に人の魂なのか思うと、 その無残さに胸が締め付けられる思いがする。 助けてやりたいと、 強く思ってしまうほど。 「なぁ、 これ、 助けてやりたいんだけど……」 『主がそう願うなら、 助けてやってほしい。』 「お前たちもそう願うか…?」 俺は尋ねた。 ただ聞いてみただけだ。 俺はただ可哀そうで。 この魂を哀れに思ってしまったから、 また輝かせてやりたいと思う。 星はとても綺麗だから、 その美しさを取り戻してやりたいと願う。 自己満足に近く、 あまりに傲慢。 そう思えど、 それ以上の感情は湧いては来ない。 だから聞きたかった。 おそらくはずっとずっとこの満天の星々を見てきた蛇たちが何故願うのか。 何を思って、 俺に浄化を願うのか。 『世界は美しい。 人もまた綺麗。 私は世界もヒトも愛している。』 「……この星は汚いぞ。」 『そう、 だから綺麗にしてやってほしい。 また輝いて流れに戻っていけるように……』 俺の手許に託されたあまりにも無残な姿を晒す星。 その周りを、 刺激を与えないようにそっと蛇たちが囲んだ。 互いの尾を銜えて土星の輪のように。 その光景は、 俺の左手に描かれた紋様を彷彿とさせるもの。 やっぱりこいつらは蓮の花を、 ヒトの魂を、世界を守っていたのか。 俺はまだこの世界を愛してない。 ただ哀れに思って、 観客席から伺い見て、 舞台の上で紡がれる物語に胸を痛める。 いや、 たぶん俺はもう舞台の上だ。 だが役者ではない。 観客でもない。 物語の流れに沿わず、 逆らわないように立ち止まり、 ただそこに立つ。 イレギュラーな俺がぎりぎり許される境界線に立っている。 俺はそこにいるべきだ。 けれど、 と思う。 必要とされれば手を貸してやりたい。 この世界はまだ愛していないけど、 この蛇は可愛く思う。 俺を拾ってくれたも大好きだ。の家族の暖かさも愛しく思う。 俺が持っていない純粋さ。 失くしてしまった暖かな場所。 それを失わないためになら、 少しくらいは手出ししてみたいと思う。 「さっきから思ってたんだが、 お前ら一人称が『私』だよな。」 『私は顕現するとき体は二つだが意思は一つ。 二匹でひとつだ。』 「じゃ、 名前も一つだよな。 俺は業の継承者、 なんだろ?お前に名を付けたいんだけど。」 『私は“業”だ。 ずっとそう呼ばれている。 ………だが主が名付けてくれるのならばこれ以上の喜びはない。』 「そっか。 そうだな……………カルマ。 お前は“業”だ。 名は体を顕すというし。 本質は変わらなくてもこれは俺が名付けたお前だけの名前だ。」 『カルマ……私はカルマ。 主にも名があるのか?』 「俺の名前はだ。 主じゃなくて、 そー呼んでくれたら嬉しんだけど。」 『了解した。 ―――、 私の初めての主。 ……名を呼び、 呼ばれることがこんなにも喜びのあるものだとは。』 「あー、 ではカルマ。 この星を浄化するにはどうすればいーの?」 感動しているらしくフルフルと震えているカルマに声をかける。 単調なトーンで盛大に感動されても。なんだかずっと終わらない気がしたから。 まぁ、 俺が初めての主だそうだし。 少しは仕方ないかなと思う。 でもカルマが身悶えすぎて囲んだままの星に当たりそうになったときはさすがに焦った。 これ以上ダメージを与えてどうするんだ。 これでもし欠けてしまったとしたら、 この魂の持ち主にどう弁解しろと。 「悶えすぎてぶつかってしまいました。」とでも言う気かこのヤロウ。 ペットの被害は飼い主の責任なんだぞっ! 慌てて掴んで止めたらするべきことを思い出したらしい。 瞬時に表情を改めた。 いや、 蛇の表情ってまったく分かんないけど、 なんというか雰囲気で。 『私がこうやって囲んでいる星にが口付ければいい。』 「エ。 そんだけ?キスするだけでいいの?」 『願って、 そして口付けて。 綺麗になるように、 美しくあれ、 と。』 かなり抽象的かつ曖昧な指示に半信半疑に従った。 カルマが巻きついている星をカルマごと抱えるように両腕を使って支え、 そっと唇を寄せる。 同時に祈った。 元の姿に戻って欲しいと。 美しい輝きを俺に見せて欲しい、と。 (取り戻せよ。 ほんとのお前はこんなんじゃないだろう?) 触れた唇から自然と力が流れ出した。 願いは魔力に乗って星に伝わり、 闇のように濃く、 光のように眩いものがその周りを覆っていく。 ゆるりと纏わり付いたそれは埃を洗い流し、 滓を剥ぎ取り、 星の欠けを修復していく。 業の残滓に穢れてどす黒く染まった闇の合間から微かに見える星。 まっさらに洗浄されたそれは絢爛とした輝きを取り戻し、 生き生きと力強く脈動していた。 命そのものを示す輝きが、 俺にはほんの少し眩し過ぎて目を細める。 「なんか浄化は出来たみたいだけどさ……この穢れはどうすればいい?こんなものその辺に放り出しちゃ、 世界が穢れに染まっていくぞ。 土に埋めても、 二度と何も産まない土地の出来上がりだ。」 『、 これを飲み込んで。 これはにしか、 私の主にしか浄化できない。』 「……それが業の紋章の宿主の、 本当の役目か。 つまるところ、 形代ってやつだな。」 『すまない。』 「いいさ。 俺の取り柄に『丈夫』だっての高ランクに入ってっから。」 申し訳無さそうに身体を縮めるカルマを撫でてやった。 いくら何でも、 世界が美しいから好きとかいう奴の目の前で穢れを捨てられるか。 可愛くて可哀そうじゃないか。 同情だとか言うなよ。 同情だって立派な情だ。 そこまで人間捨ててません。 たぶん。 ともかく穢れを取り込むことにした。 先刻と同じように、 穢れて渦巻く闇に顔を近づけて吸い込んでみる。 息を吸うのと同じ感覚で、 意外なほど容易くそれは俺の中に入ってきた。 流れ込んできたソレは胃の辺りに溜まっていく。 腹の辺りで渦巻くのが気持ち悪い。 重くて冷たくて、 内臓から腐れていきそうにヤな感じ。 なんていうか、 粘液状の豚の脂とか膿とかを胃の中イッパイにぎゅうぎゅう押し込まれた感じっていうか……。 その毒は物理的なものでない分、 俺にも等しく毒であったらしい。 (あぁこりゃきっついわ…………) 自分の身体を支えることが出来なくて、 膝が崩れ落ちた。 恐ろしく膨大な魔力が、 酵素のように穢れを無毒化しようと腹に注ぎ込まれていく。 俺の意思に関係なく急激に持ち去られた魔力に、 俺は指さえも動かせなかった。 ついでに言うと、 俺の形の輪郭がぶれて曖昧になってきた。 『その浄化には魔力を大量に消費する。 、 やりすぎると人の形を保てなくなると分かったか?』 「…それっ、 ……先に言ってほしかっ、 た、 かも…………」 『容姿の変化は本来、 莫大な魔力を要する。 変化して、 尚且つ“業”の浄化が出来るが規格外すぎる。 ……だからを選んだのだが。』 「あ、 それ聞きたい。 俺をこっちに呼んだの、 カルマだよな。」 それは推測で確信で断定。 だって、 こいつ意外にこっちで俺を必要としてんのっていないし。 『百万世界でを見出したとき、 私は確信した。 この方以外、 私の宿主の器はいないと。 すごくすごく嬉しかった。 底を尽かないと思わせる恐ろしく膨大な魔力。 誰もが膝を付く強さ。 永く生きた経験。 他への深い情。 何よりも、 その専擅とした王者の魂。』 『浄化に要する魔力はあまりに大きい。 普通に魔力が高いと言われている者でも、 一度試みれば魔力は枯渇し、 衰弱して死ぬ。 そのことが分かっていたから、 私は今まで主を持たなかった。 そして誰も私を求めなかった。 手に負えるものではないから。』 『私はこの世界を愛している。 ヒトが好きだ。 だが、 何かしてやりたくとも、 もとより主を持たない紋章には何もすることが出来ない。 星を綺麗にしてやれない。』 目の前に愛するものがあって。 助けを求めて悲鳴に咽を嗄らし、 涙も涸らし、 それでも見つめることしかできない無力な己。 手を延ばしても気休めにもならず、 愛しいそれがゆっくりと崩壊していくのをただじっと見つめるだけ。 その絶望。 自己への憎悪。 後悔というには生温い、 身の内に荒れ狂う焦げ付く感情。 俺がかつて経験したものを、 この蛇たちも感じていたのだ。 俺を見出だしたのもそれ故だろう。 俺たちは同じものを共有したのだ。 次元も時代も異なる境界越しに。 百万世界とやらはいわゆる異世界。 『 門 』の眷属はその出入りを司っていると聞いた。 レックナートに詳しく聞こう。 浅く溜息をついた。 結局俺は、 こーいうものに縁があるんだ。 「何故俺に宿った。 他にも魔力がでかい奴くらいいるだろ?」 『業の紋章は業に惹かれる。 主………の魂が纏っている業は他と比較にならない。 なのにその輝きが全く揺るがない。 普通は生と次の生の狭間で昇華するはずなのに、 主にはそれが見えない。』 「はは、 そういうこと……。 俺は長生きだからね。 死をまだ体験していない。」 『それだけじゃない。 主の魂はとても綺麗。 近くで見てみたかった。』 アハハ、 どこのガキだコノヤロウ! 「あともうひとつ聞きたい。 真の紋章にはそれぞれ呪いがあると聞いた。 お前の持つ呪いは何だ?」 一番重要なこと。 ぶっちゃけ、 不老になるとかは俺には関係ない。 もともとが不老で、 限りなく不死に近い身体だから。 具体的に呪いがどんなものなのか。 多分、 猫になったことに関係あるんだとは思うけど。 だけどそれは、 今すぐには叶わないらしい。 カルマが弱々しい声を出した。 『済まない……私はそろそろ限界だ。 後は門の子に…………』 「や、 ちょっとま………」 カルマの姿が段々と薄くなってきた。 同時に俺も透き通ってくる。 『初めて力を使ったから消耗が激しい。 私はの左手に戻る。』 こうなったら俺はもう何も言えなくなる。 損な性格だとは思うけどさ、 カルマはもう俺の懐に入っちゃったし。 俺って身内には吐きたくなるくらいに甘くなるんだよね………自覚はあるけど。 ウン千歳の爺に性格を矯正できるわけもないし。 ここで傍観するためには極力身内を作らないようにしないと………。 「分かったよ……。 でも次に会ったときはぜんっぶ話してもらうからな。」 愛情を込めて、 指でそっとカルマの喉をくすぐった。 二匹いるから平等に両手を使う。 気持ち良いのか、 僅かに細まった目が可愛らしい。 そのあとカルマたちは俺の左腕に巻き付いて、 そして俺たちはこの目が眩むほどに美しい空間から抜け出した。 ++おまけ++ 『そういえば。 ずっと聞きたかったのだが。』 「ん?なんだ?」 『何では半裸なんだ?』 「…………変態女に逆セクシャルハラスメントを受けてね…………。」 |