「それでは……参りましょうか…。」


一瞬の燐光、 そして浮遊感。
レックナートから何か力の流れを感じた瞬間、 床に光る陣が現れ、 身体が沈んだ気がした。
――いや、 実際にレックナートと俺の身体は床に沈んでいっていた。


「ナ”〜〜ッ!!??(ナニコレッ!ちょっなにこれナニコレッ!!??)」

「お…落ち着いて下さい、 これは転移魔法(テレポート)です。」


非常識な現象に尾の毛が逆立ったのが分かった。 咄嗟のことで興奮した俺に肩の上で足をドスドスッとされるのに辟易したのか、 レックナートが教えてくれた。



「これは座標を正確にイメージ出来なければ失敗することもあるのです。 私一人ならば慣れているのでどうにもなりますが……」

貴方だけ別の時空に飛ばしてしまうかも知れませんね…………。
(=あんまり暴れると何処かに飛ばしてしまいますよ……?)




……どうしよう。 呟きの裏にあるものが正確に聞き取れてしまった。


……………駄目だ。 逆らうな。 世の中には言うこと聞いといた方が絶対的にいい人がいるんだ、 神羅学校であれだけ学んだじゃないか……。 アレは怖い。 理屈じゃないんだよコワイんだよマジで冗談抜きに。


ほんのり懐かしいナァとか現実逃避を試みながら、 俺はレックナートには逆らわないことを胸の内でそっとホンキで決意していた。(とりあえず、今は。)



















「世界――――こちらの世界、 理の根幹、 運命の始まり、 ………創世の物語について。 全てを司る紋章についてお話ししましょう。」


再び光に包まれて、 現れた場所は薄暗い所だった。 石の壁に囲まれた、 飾り気の乏しい部屋。

レックナートが僅かに緩んだ気配を見せたことから、 たぶん彼女の私室なんだろう。
女性のものにしては質素とも言える内装に少し驚いて、 椅子にかけたレックナートに斜向かう形で机の上に横になった。



「まずはその身体からどうにかしましょうか。」

「ミャーッ(戻せるのかっ?)」

「そのままだと会話も出来ませんからね。」



座ってすぐにガバリと起き上がった。
噛み合ってるんだか無いんだかワカンナイ会話だけどそんなのどうでもいい。 重要なことは猫の姿から脱することが出来るか否かだっ。



「その紋章に魔力を集めて……そう、 そして練り上げて下さい。 貴方の覚えている、 貴方の身体の容姿(かたち)を思い浮かべて……」


―――うん、 やり方はなんとなく分かる。 レックナートの指示に忠実に沿って魔力を流した。逆らうのも怖いし。



左手に熱を伴わない鼓動が伝わり、 その代わりのように胸の鼓動がトクトクと鳴る。

そして俺の容姿(かたち)……黒い長い髪、 翠の目、 唇の形、 剣を握る手の形、 地を踏み締めた2本の脚、 躍動するしなやかに張った筋。
触れる指、 大好きな人を抱きしめた腕、 抱きしめられた身体。


俺が持っている自分()を余すことなく思い浮かべる。

何処(いずこ)からか漏れ出した濃密な闇が緩やかに、 俺の今は小さな身体を包み隠し、 そして大きな(カタマリ)となって(こご)った。


張り付く冷たさが心地良い。 目を瞑ってその冷たさを感受する。

いつのまにか机から離れた闇が床の上で一瞬ふるりと揺れ、 俺は薄く目を開いた。

ぼんやりとフィルターのかかったような視界が(わずら)わしくてぶるっと獣のように身体を震わせると、 薄く覆っていた闇が飛散して消えた。


残ったのは俺の体。 ゆっくりと手を握って開いて、 これが俺のものだと確信する。


レックナートが深々(しんしん)と見守る中、 俺は一歩踏み出し、 そして、




「うわああァァおおぉアーーーーーー!!!!!」

叫んだ。




「なんっ、 なんで俺ハダカッ!?てゆかナニッ、 なんで見てんのっ?!」

「あら、 服をイメージするのを忘れてしまったんですね。」

「アンタ、 そんなこと一言も…っ」

「ごめんなさい、 言い忘れていたようです。 でも私は(めしい)ですから、 気にすることもないでしょう?」



いじめだっ……!!絶対こっちのこと見えてるだろっ!目ェ見えない人間が何で紅茶入れられんだよ…っ!

くっ……泣くな!耐えろ俺!



慌てて手に届く場所にあった大きな布を掴んだ。 長いそれを腰に巻く。

きっとこれだって用意されていたのに違いない。 それにしっかりお世話になってる自分が恥ずかしいやら悔しいやら。 絶対俺のほうが年上なのに!あぁ涙が浮かんできた…!


ハダカの身体に大きな布を纏った情けない姿。 しかも(この状態を嬉しそうに見ているとは言え、一応)女性の目の前。 大きいとは言えない、 薄暗く閉じられた部屋に二人きり。
それはつまり両者の距離も近いということで。


この場合、 傍から見れば俺ってただの変態だよな…。 なんで俺が悲鳴上げてんだろ。 普通は女が叫ぶものじゃないのか?

―――あぁそうか。 一見まともに見えるけど、 この人のほうが変態なんだな…。




「何を考えているか知りませんが、 そろそろ本題に入りましょう。 そんなとこに居ずにこちらに座ってください。 お茶をどうぞ。 ところで貴方のお名前は?」

「はぁ…(諦め)。 です、 どうもアリガト。 で、 イメージさえすれば服も出てくるんだな?」

「えぇ。 その変化の力は貴方の紋章の付属のようなものです。 本来の力に比べればほんの些細なものではありますが…」

「へぇ…、 武器とか装飾品は?」

「貴方が本来持っていて、 それが実在するものであれば…と聞いています。」

「実際に見たことあるわけじゃねぇの…。 そんで俺の本題なんだが、 質問していいか?」



どうぞ、 という声に、 向かいに座ったレックナートにぐっと身体を寄せて、 その白い秀麗な顔を見つめる。 瞬時に空気が張り詰めた。
一切の虚偽も逃さぬように目を凝らす。



「ここはどこだ、 どうして俺はここにいる?俺が猫になっていたのは何故だ?」

「……それに答えるには、 まず貴方にこの世界の成り立ちを理解してもらわなければなりません。 紋章と世界の結びつきについて…。」

「さっきも思ったんだが、 なんでこの世界を知らないと思うんだ?」

「…門が開かれたのを感じました。 そして強い何かが入り込んできたことを。 星の流れに干渉する新たな星の現われを。」

「それも紋章とやらの力か?」

「えぇ。」



攻めるように質問する。
嘘、 は無さそうだ。 でもワケが分からないのも事実。


FF7の世界が魔晄――ライフストリームを中心に動いているように、 この世界は紋章を中心に回っているらしい。 だがその正体が分からない。

門、 というのが世界と世界の境界の穴ならば、 紋章とやらがその出入りを規制しているのか。

俺はかつて星の意思に導かれて境界を越えた。 ならば紋章は星の意思に匹敵する力を持つものだ。
先日に感じた世界を支える力。 アレはきっと紋章のものだろう。


あんな恐ろしい強大な力がほいほい感じ取れる世界。 …………恐ろしすぎる。
ウェポンひとつでもあれば世界を正体不明に破壊できるというのに、 そんなものが感じただけだと20を軽く超えていた。

時を忘れるくらいに流れて不死を誇った俺だけど、 こんな世界で生きていける自信はちょっとない。



ふと左手を見つめた。 そういえばこれも紋章だったな、 と思い出す。

毛の流れで不鮮明だった模様が、 人間の皮膚の上では鮮やかにその色を顕わにしていた。
抽象的に描かれた、 薄紅い蓮の花。 それを囲むようにして蛇が二匹、 互いの尾を銜えて鎮座している。

それは蓮を閉じ込めているというよりは、 むしろ大事に守っているように見えた。
ただそう思ったのだ、 直感で。



、 まずは私の話を聞いて下さい。 そうすれば貴方のその紋章についても説明ができます。」

「……分かった。 悪いな、 なんか焦ってたみたいだ。」

「いいのですよ。」



微かだが労わるように微笑んだレックナートに罪悪感を感じた。 さっきの俺の態度は、 ものを尋ねる人のものではない。 しかも女性で、 わざわざ事情の説明に赴いて来てくれた人に対して。

この人は変な人だけど、 たぶん信用は出来る。 少なくとも俺の害になることはないだろう。
長生きをしている分、 そういった直感には事欠かない。



「ホントに悪かった。」

「何のことだか分かりません。 そんなことより、 説明を始めますよ。」

「はいー、 お願い致しまス。」

「これはこの世界が生まれたときの物語です。 いわゆる、 『 創世の物語 』―――――」



クスクスと笑うレックナートに気恥ずかしさを感じて誤魔化すように紅茶を含んで、 背もたれに身を預けて俺はやわらかな声に耳を傾けた。












『最初に「 やみ 」があった。
「 やみ 」は長い長い時のはざまに
ただ独りその身を横たえていた。

果てしない孤独に耐えかねた「 やみ 」はついに涙を落とした。

「 なみだ 」からふたりの兄弟が生まれた。
「 剣 」と「 盾 」である。

「 剣 」は全てを切り裂くことができると言い、
「 盾 」は何者にも傷つけられないと言った。

そしてふたりは戦うこととなった。
戦いは7日7夜続いた。

ついに「 剣 」は「 盾 」を切り裂き、
「 盾 」は「 剣 」を砕いた。

「 剣 」のかけらが天空となり、
「 盾 」のかけらが大地となった。
戦いの火花が星となった。

そして「 剣 」と「 盾 」を飾っていた
27の宝石が「 27の真の紋章 」となり世界が動き始めたのである。』

(『 幻想水滸伝 』本編より抜粋)










レックナートの話を統合するとつまり、 こういうことか。
「 やみ 」の孤独が紋章を生み、 紋章が世界を作った。 その紋章は『 27の真の紋章 』と呼ばれてて、 そのまんま世界に27個しかない、 と。 マァよくある世界の始まりの物語だな。


そしてその『 27の真の紋章 』は世界のそれぞれを司っている、 と。
『 火・水・雷・風・土 』の五行に始まって『 太陽 』、 『 月 』、 『 夜 』、 『 星 』、 『 生と死 』、 『 円 』、 『 罰 』、 レックナートの『 裏の門 』とか。


そして真なる紋章には誰でも宿せる眷属の紋章があって、 巷に売られて一般に出回っていると。

例えば『 真なる火の紋章 』の眷属である下位の『 火の紋章 』と上位の『 烈火の紋章 』。
『 門の紋章 』には『 蒼き門の紋章 』とか。


真の紋章に匹敵する力があるものも稀に存在するらしい。



「真の紋章は宿主に絶大な力と不老をもたらしますが、 同時に呪いも与えます。」

「強大な力に不老、 その代償が呪いね…。 それでも欲しがる奴は後を絶たねぇンだろうな。」

「真の紋章は自分の宿主を自らで定めます。 紋章に選ばれていない者が無理に宿しても、 使いこなすことは出来ません。 無理に宿そうとすれば馴染まない強大な力に身体を蝕まれ、 ひどければ死をもたらすこともあります。」

「選ぶっていうのがよくわかんないんだけどー……、 いつのまにか勝手に宿ってるこれは?」

「貴方のその紋章は確かに貴方を選んでいます。 のそれは宿そうとして宿せるほど易いものではなく、 またすすんで宿す人もいないようなものです。」

「…嫌われてんなお前。」



なんかすごい言われようだぞ。 そんなに呪いとやらがすごいのかコイツ。
思わず左手に向けてぼそりと呟いた。



『私は主がいればそれでいい。』






まさか答えが返ってくるとは。