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だんだんと春めいてきたと言えど、 まだ風は冷たく、 日の入りは早い。 空に茜の色が強くなってきた頃、 正宗を携えてセフィロスは本社を出た。 社長の息子が掠われてその捜索を命じられたからだ。 壱番街へと続くルートを一定の歩調をもって歩く。 「ハァ………」 不意に溜息が漏れた。 計算されたかの如く艶やかに顔にかかった髪を、 男にしては細い指で無造作にかき上げる。 15歳にしてはおとなびているものの、 その少年の見掛けにそぐわない重い溜息は、 社長の息子たった一人をこの広いミッドガルでひたすら捜すなどというひたすら面倒臭いことに対するものではなく、 ここ最近、慢性的になっている呼吸不全のためだ。 この数日、 時折ふと胸が冷えたように苦しくなる症状が出ている。 場所を選ばず。 時を選ばず。 まるでオレの認知範囲の外に出てしまったように。 「っ、 またか……っ」 歩調が揺らぎ、 細い柳眉がしかめられた。 胸に拳を押し当て、 不随意筋の勝手な停止に僅かに喘ぐ。 死に直結するようなレベルではないが、 それでも戦闘中に発生すれば問題だ。 痛みは少ないが、 無意識に拳を胸に当ててしまう程には苦しい。 胸が詰まって、 それが引いたり寄ったり、 不定期に波が来る。 宝条の所で検査することも一瞬考えたが、一瞬だけで即座にその案は切り捨てた。 自分でも原因に見当が付かないようなものに明確な結果が出るとは思えなかった。 何せこの自分をサンプルと言い切った奴だ。 もしかしたら検査に乗じてとんでもないことをされるかもしれない。 …………いや、 あの男なら確実にする。 試すにはあまりにハイリスク&ローリターンに過ぎる。 気が乗らないとは言え、 社長の息子の捜索任務の真っ最中なのだから。 それ以外の時ならいい、 という訳ではけしてないのだけれど。 セフィロスはルーファウスに対して何か思うものがあるわけではない。 見捨てるほどに嫌いではなく、 積極的に助けに行くほど気に入っているわけでもない。 社長がセフィロスに探査を命じ、 命じられたからセフィロスは動く。 ―――――ただそれだけだ。 それはセフィロスにとって当然で、 常識で、 当たり前のこと。 そこまでいかずとも、 疑問を差し挟む余地も無いほどのものだった。 〈究極の生物兵器〉なのだと、 戦う以外のことは必要ないと。 自分でもそう割り切っているはずだ。 オレを唯一気にかけてくれたガスト博士も、 オレは強いから特別なのだと言っていた。 歴史が紡がれる以前に滅んだ、 偉大な種の再来なのだと。 あの人の言うことに、 間違いなど有り得ないのだから。 …なのに、 いつものオレより歩調が速い。 きっと視線が煩わしいせいだろうと思う。 自己分析は得意でないのでなんとも言えないが。 定時を終えて帰宅するスーツの群れに混じるオレはそんなに珍しいものだろうか。 ちらりと自分の姿を見下ろした。 ……普段と変わらない。 一応自分は神羅の社員という肩書にあるので、 仕事の最中はスーツを着用している。 オレの年齢でスーツというのは確かにあまりあるものではない。 それは知っているからこの様に見られることも普段ならば意識的に考えないようにしている。 だというのに、 いつもは気にならない視線が今日は妙に癇に障った。 オレの顔とスーツと正宗を見比べて、 思わずという風に笑う奴ら。 さわさわとした不快感に頬が歪む。 特に不躾に突き刺さる視線が煩わしい。 いい加減嫌になったので、 未だツキツキと痛む胸を庇いながら気配を消してするりと路地裏に身を滑り込ませた。 通行人から見れば俺は一瞬で姿を消したかのように見えたことだろう。 それを思って少し優越感を感じながら、 足音を殺して、 素早く路地裏を進んでいく。 薄暗いそこは湿気が多く黴の匂いが鼻を突いたが、 それは意識の外に追い出す。 そして歩き出して―――――― 妙な感覚を捉えた。 コワイ。 怖い。 行ってはならない。 この路地の奥に進んではならない。 怖いモノがある。 怖いモノがいる。 コワイモノ。 強いもの。 酷く恐ろしい、 鳥肌が立って、 全てが、 オレの何かが崩れてしまいそうな。 だが。 進みたがる身体にその感覚はあまりに無力。 呆然と立ち竦んだのは一瞬で、 足は勝手に動き始めた。 細胞が筋肉を動かす。 一歩一歩。 抗う力はあまりに無力。 一歩一歩。 ゆっくりと、 だが確実に。 …………待て。 待て、 今、 オレは何を考えた? 細胞が筋肉を動かす?そんなことが起こり得るはずもない。 もし、 もし起こり得るとするならば、 ………それは何だ? ――――オレは何だ? ひたすら歩いた。 何も考えず、 ただただひたすら。 最初からそれが決まっていたように、 何の迷いもなく、 足は進む。 目はひたすら前を。 握り締めた正宗すら忘れて。 靄のかかった思考の向こうでオレは未だ恐怖に慄いている。 傍から見れば無表情。 内側のオレは脂汗を流し、 眼を見開き、 檻を、 意識の檻を必死に殴りつけている。 形の分からないものに押しつぶされるような気がして。 怒りでも苛立ちでもなく、 ただただ純粋な、 初めての、 恐怖。 右へ曲がって。 左へ曲がって。 真っ直ぐ進んで。 右へ曲がって。 積まれた木箱を蹴散らし。 追い剥ごうとする男たちを蹴散らして。 そして。 そして――――――ミツケタ。 それは喚起だった。 歓喜だった。 或いは絶望だった。 黒い男だった。 真っ黒な、 オレとは似ても似つかない、 暗い濃闇の髪。 黒い服を纏って。 胸に黒い何かを抱えていた。 そして恐ろしく美しかった。 脳の認識が遅れるくらい、 処理が追いつかなくなるほどに、 美しかった。 無表情に見詰めてくる顔。 それは、 その顔は、 どこかオレに似ている気がした。 ―――再結合。 ―――リユニオン。 ――― 我らが、 母。 知らないはずの単語が脳裏をよぎった。 だがそれさえどうでもいい。 ただただ歓喜が溢れてくる。 何を恐れていたのか。 こんなにも、 こんなにも喜びを与えてくれるものを。 何を恐れていたのか。 こんなにも求めていたのに。 完全に瞳を覆ったサングラスが邪魔だった。 その目を見詰めたい。 見詰められたい。 その視界にオレが居るということを確かめたかった。 自然と指が伸びた。 男のサングラスに手をかける、 というよりは指先が力無く引っ掛かっただけだけれど。 それを剥がすには充分だ。 抵抗もなく、 男は自分を拒絶しなかった。 受け入れられたということが泣きそうに胸が痛くなるほどの歓喜だった。 喚起だった。 感喜だった。 そうしてぽとりと、 かしゃりと無機質な音を立ててそれは地面で跳ねた。 やわらかな光を放つ翡翠がこちらを覗き込んでいた。 目を奪われる。 自分と似て非なる色彩。 自分では決して出せないその絢に。 伏した瞼。 その完璧としか言い様のない容の双眸。 男との身長差さえ今は煩わしかった。 もっとそばで見たい。 うっとりと男の頬を両の手で包み込み、 自分の顔と近づける。 甘やかな吐息に眩暈がした。 互いの息がかかるほど近寄って、 そっと囁く。 「――――――リユニオン・・・・・・・・したい・・・・」 自分でもワケの分からない言葉だと呆れて、 同時に呆れられることを恐れた。 自分の頭を思いっきり殴りつけてやりたかった。 何故、 何故、 リユニオン?オレは阿呆か。 だがそれ以上は考えられなかった。 男がオレの身体を押して離したと思ったら急速にオレの意識は暗闇へと落ちていったからだ。 だが不安はなかった。 むしろ、 そのあまりの穏やかさに未だかつてなく安堵さえした。 きっと目覚めたときにはこの男はいてくれる。 そして完全に意識が落ちる寸前、 オレはようやく理解した。 ――――――オレは、 変化が怖かったのだと。 ++あとがき++ ひさしぶりのUPです。 どうも気に入る感じに仕上がらなくてですね…。 お待たせしてすみませんでした。 ※背景の言葉 『可能領域を見極めるには、 その境界を越えて不可能領域へ踏み込んでいくしかない。 [アーサー・C・クラーク『失われた宇宙の旅 2001』] 』 |