午前の訓練が終了した後、俺は一人で壱番街のモールに来ていた。

昼飯を食べるためだ。


もちろんレノも誘ったさ。




でも射撃訓練が終わってから妙に元気ないんだよな。

これでよかったのかとか、ランク落としとけばとか意味不明なことばかりぶつぶつ呟いてベッドに潜り込んでいる。



散々脅してすかして宥めてもダメで、「悩みがあるなら相談しろよ、相棒だろ?」って言ってみてもダメだった。



ヤなことがアンなら気晴らしにバイクでドライブに行こうぜって言ったら、今度は青い顔して震え始めるし。
季節の変わり目だからな、風邪引いたのかも。
しょうがないから布団に突っ込んで体温計含まして、寝させんたけど。



俺はこの五年はビョーキなんてしてないから、詳しい処置の仕方は忘れちまった。

人間ってこんなモンだって久々に思い出したよ。






仕方ないからレノのご飯は買って帰ることにした。風邪薬もいっしょにな。


だってせっかく午後からオフなのに、わざわざ寮の食堂で食いたくないし。








街にも出てみたかったし、そういうわけで、比較的治安のいい壱番街まで足を伸ばしてみたんだ。































この日、壱番街に来た人達は、それぞれが幸運だと囁き合った。




彼等の目線の先には一人の青年がいた。

黒のストライプタートルセーターに色の薄いジーンズ。焦茶のロングコートにスニーカー。
服装だけを見るならばありふれていて、どこにでもありそうなものだ。




問題は青年の容姿にあった。


『傾国』、『閉月羞花』とはよく言ったモノで。



『人が想像出来ることは、全て現実に起こり得る』というが、かの青年は想像どころか記憶に留めておくのも難しく。







つまりは、目眩がする程に美しかったのだ。ありふれた格好でさえ、彼が纏うものならば彼にふさわしく高貴なものに感じられて。

声をかけたいのに、その目に映るのが申し訳なく、どうしようもなく無様に思えてしまうほど。


































背に流したやわらかな黒髪(ブルネット)を風に遊ばせながら歩く。

この細い髪質は結構気に入っている。


もちろん俺にとっての最上はセフィロスのさらさら銀髪ストレートに決まってるけど。
次はレノの綺麗な赤毛だ。つんつんしてるのにつやつやと紅い。ほんとに羨ましい……。



二人に比べれば俺の髪なんて平凡極まりない。黒髪黒瞳は日本人の優性遺伝なんだから仕方ねぇけど。



………………………ま、今じゃ黒瞳は失くなったけどな。



その代わり、カワイイ弟とお揃いの眼を手に入れたけど。


それにしてもいつになったらセフィロスと会えんのかな………。
偶然に頼らずに動くべきだろうか。











いつの間にか立ち止まって考え込んでいたらしい俺は、前方から聞こえる男の声で我に帰った。


ふとサングラス越しに目を遣ると、三人のガタイのいい、野卑な、明らかに壱番街のちょっとリッチな雰囲気にそぐわない男たちが視界に入った。


壁に向かって半円を作るように立ち、その身体の隙間から金色の髪がちらちらと覗いている。

位置からして、小さな子供。




それを認めた瞬間、俺は足を踏み出した。




































「なぁ、その子供が何かしたのか?」



突然割入って来た声に、男たちは一斉に振り返った。

そしてその声の主と思しき青年を目にして、これまた一斉に下品な笑みを浮かべた、が顔をしかめるほどの。



「よぉキレーな兄ちゃん、オレたちにナンか用か?」

「あぁ、そこの子供を引き取りたいんだが。」



立ち位置をずらして子供を視界に納めた。

(よわい)は十を越えたくらいか。
色味の淡い金髪(ブロンド)に少し灰の混じったブルーアイ。
白い肌とか不機嫌そうに寄せられた眉とか気の強さを表すようきゅっと噛み締められた唇とか、何年か前に出会った少年を思い出させる。

突然の陳入者を警戒して睨み付けるとことかも。

子猫みたいでカワイイなぁ。


マァ、俺が怪しいって自覚はあるんだけどね…。ふっ………。
長髪にサングラスだしネ。






まぁとにかく、着てるものも質が良いし、それを普通に着慣れてる様子から裕福な家の子なんだろう。


でも今は庇護すべきお子様だ。



「アンタらとその子に接点があるようには見えないんだけど?」



だから早く渡せと、無言の催促をしてみたのだが、どうやら相手はあまり頭が良くなかったらしく。



「兄ちゃんがイッパツ付き合ってくれんならいぃぜぇ?」



ゲラゲラと笑う男たち。


なるほど、イッパツ付き合えばいいのか。

イッパツね。なるほどイッパツ………。






「オーケィ♪」



その時何が起こったか、その場にいた何人がそれを理解できただろうか。


場違いに軽い言葉を発した青年に気を取られた、瞬きにも満たない瞬間。




笑っていたはずの男たちは宙を舞い、壁に地面に叩き付けられ苦しげな呻きを上げている。
例外なく顎を割られ、鼻から血を流して。



その中で一人、一寸前と変わらない姿で佇むは人の目に異様に映る。


ただ立っているだけだ。

ただそこに、手が届きそうな近くに立っているのに、誰も触れられない高みの王座に独り座っているようで。

民草を慈しむ孤高の王のように柔らかく或いは優しく微笑む。それはある意味、異質を顕す。





野次馬や、絡まれていた子供さえ茫然としている中、加害者であるだろう青年は体重を感じさせない足運びで金髪の子供に近寄った。



警戒もあらわに睨み付けてくる子供。

後ずさろうにも背後は壁で。助けてくれたみたいだけれど信用するにはあまりに怪しい。


一匹で街角にほうり出された子猫の様に虚勢を張った、そんな子供の心境をしっかり理解してはクスリと微笑んで、(おど)かさないようにゆっくりと膝を折った。

それはまるで、美しい騎士が忠誠を誓う儀式にも似た優雅さで。



「もう大丈夫だから」



そう囁いて、そっと手を上げ、金色の頭を撫でる。



春とはいえ、まだ冷たい風が吹く時頃。
肌を刺す風に子供は堪らず首を竦めた。

まだ幼いのに泣き言を言わない強さは好ましい。だが、放っておけるわけもない。



暖かい室内からそのまま出て来たと言わんばかりな薄着の子供の肩に、脱いだコートをかけてやった。


突然訪れた温もりに(その優しい温かさに)、弾かれたように顔を上げる子供に目を合わせて微笑む。青い大きい目が、綺麗だなと思った。



「今日は寒いからな。」



視線を巡らせて、子供の体をチェックする。

靴も履いていないことを見留めてはきゅっと顔をしかめた。



「おい、靴はどうした。」

「………あいつらが」



初めて聞いた子供の声は、小さいけれどしっかりしたものだった。



己の三倍はある男たちを相手に泣きもしていなかったことからしても、度胸のある賢い子のようだ。


ひそかに感心する。



「あいつらに追い掛けられてる時になくなった。」

「そっか。そのままじゃ足、痛いよな。」



なんで追い掛けられてたのかはとりあえず後回しだ。


今はこの子を暖かい場所に連れていったほうがいい。







まだまだ小さな体をコートで(くる)み、片手で軽く抱き上げた。



突然の浮遊感に驚いてバタバタと暴れる子供を意に介さず、大通りを悠々と横切る。



「おっ下ろせっ!!お前も僕を誘拐するつもりかっ!!」

「は?ナニナニお前誘拐されたの?よっく逃げられたなぁ。」

「うるさいっ!僕は帰るんだ!!下ろせ馬鹿!!」

「お前な、いちおー俺はお前を助けたんだぞ?お礼くらい言いなさい。」

「そんなの頼んでない!!」

「あーそうだな、俺が勝手にやったことだよな。」



ぴたりと歩みを止めた



の行動の意味がいまいち分からず、顔を不審気に覗き込んだ少年は、凶悪に口の端を持ち上げた顔をまともに直視、そしてピキリと固まった。




(確信犯だが)ドラゴンさえ退(しりぞ)かせる美しくも凶悪な笑み。

黒に遮られた眼は見えずとも、顔が異常に整っている故に、本人が狙った以上に恐ろしい。



「だァから今からすることも俺の勝手。ボウヤの意思は関係ねぇよ。」



そしては、納得したのかすっかり大人しくなった身体を抱え直して、モーゼの前に裂けた海面(うみも)のように割れる人垣の間を悠然と歩き去ったのだ。






サングラスの向こうの視線は前を向いて揺らぐことはない。






視界の端に、路地の奥へと踵を返す人影をしっかりと捉らえて、は僅かに歩調を速めた。気付かれないように顔を苦く顰めて。





(めんどくさい事に関わっちまったかな……?)












―――――――何を今更。







頭のどこかで、誰かが笑ったような気がした。











そして青年は街角に消えてゆく。

























++あとがき++

ひさびさのアップです。
子供はいったい誰なのか、分かりやすいですね。