|
「――――よし、今日のところの検査は終了だ。帰っていい。」 薄暗く、機械の稼動音が途切れることなく響く部屋。 部屋の隅には暗い闇がわだかまり、それはこの部屋の主の持つ陰気さを忠実に暗示しているようで、そんなことにさえ気分が悪くなる。 磨き上げられた金属の様に光を弾く銀髪をかきあげて、セフィロスは上体を起こした。 検査台に腰掛けたまま、裸の胸に貼付けられた端子を引きはがす。 まだ薄い、滑らかな筋肉に覆われた身体に淡々と服を着込んでいく。 いらない時間を取られてしまった。早く執務室に戻りたい。 この研究室は気が滅入る。 「一週間後にまた来い。今日の結果と照らし合わせたいからな。」 さも当然のように命令する白衣の男。 放埓に伸ばしてある黒髪とその貧相な風体に、不快感が込み上げてくるのが抑えられない。 いや、本当に不快に感じるのはその視線だ。 頭の中身はともかく普通の人間の身体能力しか持ち合わせていないはずなのに。なぜかひしひしと気圧される。特別な人間のはずのオレが。――――――まるでモノを見ているような目。 「いつもいつも何の検査だ。ソルジャーがそうそう病にかかるわけでもあるまいに。」 「フン、お前には関係の無いことだ。」 もう話すことはないとばかりに背を向ける男に殺意を覚える。 どれもこれもいつものことだ。勝手に人の身体を弄繰り回すくせにオレには何も話さない。 「オレの身体だ。知る権利はあるだろう。」 玲瓏とした抑揚のない声を白衣の背中にかける。 努めて感情を押し殺した声だが、その底には隠しきれない不快感が滲んでいた。 そして宝条はそれを余さず理解しながらも、頓着する気配はない。 「お前の身体?」 くぐもった揺れた声。 ククッと肩を揺らす。それはやがて哄笑に変わった。 「お前の身体だと?」 まるで意味が分からないというように肩をすくめた。 訝しげに顔を歪めるセフィロスにようやく目を向ける。 「それは大いなる勘違いだセフィロス。お前は私の研究体だ。不完全な、な。時々神羅に貸与し、データを取っているに過ぎない。」 「なんだと……っ!!」 明らかな嘲りの声音。 その目は歪んでいるのに気味が悪いほど真っ直ぐで、本気でそう言っていることが分かる。 分かって、しまった。 「貴様はオレを何だと思っている……!」 「お前が何かだと?ではお前は自分を何だと思っている?」 言葉が出てこなかった。 ひどく不愉快だ。気持ちが悪い。 確かにオレはオレについてほとんど知らない。 オレの親は?この人外の力はどこから?なぜオレは神羅にいる? ガスト博士は教えてくれなかった。オレが知っているのは、母親の名前はジェノバ、それだけがオレの出生の証拠。オレも人の子だということの。 この身体がオレのものでないのなら、これに付いてくるこのオレの自我は何だ。オレは不完全? 分からない。わけが分からないことが、吐き気がするほど気持ち悪い。 黙ったままのセフィロスから失望したように目を逸らし、手元の黄褪せたレポートに目を落とす。 「早く行け。私は暇ではない。」 「……言われずとも。貴様と会話したがるような物好きではないのでな。」 ぎらりと男を一瞥する。あらん限りの憎悪を込めて。 男から視線を振り切って足早に扉に向かう。 これ以上この男と会話ともいえない言葉を交わす気は起きなかった。 戯言だと、頭のイカレタ科学者の言うことだと、自分に言い聞かせる。 そうしなければ、どこまでもどこまでも、自分という存在に疑問と不振を持ってしまいそうで。 でも。 心の底には既に、ぽつんと一滴の墨は落とされている、己さえ気付かぬうちに。 「あれが手許に居ればな……」 扉を叩きつけるように閉める寸前。この世でもっとも耳障りな声が悔しそうにそう呟いたのが、妙にセフィロスの耳に残った。 「レノッさっさ起きやがれっての!」 うるせぇ…誰だよ、昨夜オンナ連れ込んだっけか……?耳元で叫ぶなっての………。 レノはうっすらと目を開けた。少し薄い朝の光が目に痛い。 「やっと起きたかぁ……ほらまずは顔を洗え。もうレノの分も制服取って来たから着替えろ。」 声の方向に頭を動かす。目がぱっちり覚めた。 「っぅえ、あ……ぇ?ッ!?」 「ン、オハヨー。メシ食い行くぞ。」 そう言ってにこりと笑う、つい昨日に親友になった美貌の青年。 その顔が鼻がくっつきそうな位置にあった。 至近距離で翡翠の瞳が瞬く。 おそらくはなかなか起きないレノに痺れを切らして耳元で呼んでいたのだろうが、そんなこと起き抜けのレノに理解できるはずもなく。 赤毛をぐしゃぐしゃとかき混ぜられることでようやく硬直から抜け出した。 「何時に起きたんだ?」 「んー?5時くらい。」 「…早過ぎるぞ、と。年寄りかてめぇは。」 「ヒドッ!習慣なんだよ!っつか起きねぇお前よりマシだっつーの。」 二人が食堂に着いたときには席はほぼ埋まっていた。 だがその若者たちの生み出す喧騒がとレノの耳に届いていたのは10秒に満たなかった。 食堂の入口に近い場所からサァ−−と擬音が付きそうな勢いで静まり返っていったからだ。つまり、二人が食堂に足を踏み入れた瞬間から。 「なあレノ。なんでここ、こんなに静かなんだ?普通、朝は騒がしいものじゃないのか?それになんか見られてる気がすんだけど。」 食堂中が、それこそカウンタのおばちゃんに至るまで口をオウの形にして凝視しているにしては、薄過ぎるこの反応。 「……俺にはこいつらの反応の意味がよーっく分かるぞ、と。」 もっとも、の反応に呆れているレノも充分に注視の対象だったのだが。 二人が着ている制服は他の生徒となんら変わらない。 敢えていうなら学年と進学コースを区別するための徽章が肩に示されているだけである。 普通に着たらかっちりとした軍服のような制服なのだが、それを着込んだ二人は際立っていた。 の背中まである黒髪は一本に緩く三編みされ、かといって女らしいのかと聞かれれば全員が首を横に振るだろう。 並の男では女々しいと笑われるだろうその髪形も、その青年には不思議と魅力を増す要素にしかなり得ない。 切れ長の眼。薄く整った朱色の口唇。乳白色のきめ細かい肌。 この場所が男子校でなければ、男装の麗人で通るだろう。 その片割れのレノもまた目を引いた。 目に鮮やかな、燃えるような赤毛。無造作に整えられたそれは奔放に撥ねている。 極彩色を纏うその少年は、まだ幼さを残しながらも端正な容姿をしている。 赤毛と対比するような、珍しいくらい色素の薄い瞳。青空の水色ではなく、流れる澄んだ水の色。やる気無さげに半眼に伏せられていながらも、心内を見透かされているような心地を覚える。 端正な顔立ちと相成って、どこか近寄りがたい。 2人がそろっていると、見るなというほうが無理だった。 少しずつ喧騒が戻ってきた食堂を横切って、2人はカウンタへと近寄った。 それでもまだ2人から視線が外れることはない。 カウンタのおばちゃんも、目の前に来た青年たちが何を注文するかに集中している。 固唾を飲んで見守る中、黒髪の青年が口を開いた。 「ねぇおばちゃん!今日のおすすめは?」 いきなり雰囲気が変わって、青年の周りの空気がほどけたようだった。 親しげに、それでも馴れ馴れしくは感じさせない陽気な雰囲気に周りの緊張が解けていく。 「お前いきなり馴れ馴れしすぎだぞ、と。 おばちゃん、すまないな。」 その青年の頭をパシンとはたいて、赤毛の少年がカウンタ越しに謝る。 どう見ても年下の少年に、もっともな注意をされてわたわたと慌てる黒髪の青年。 「えぇっ!?おっ俺、今なんか失礼なことしたのか!?」 「初対面の人間にはもっと丁寧に対応するもんだ。どこの秘境から出てきた田舎もんだ、お前は。あっ、おばちゃん、俺はレノだぞ、と。」 「そ、そうなのか?じゃっじゃあ、えっと………おばちゃん、俺、=っていいます。新入生でっす!これからどーぞご贔屓に!!」 仰々しくお辞儀してにっこりと笑う青年に、近寄りがたさなど今や微塵も感じられない。 レノとの漫才じみた掛け合いに場の緊張が解け、男たちの胸を占めているのはただひとつの思いだった。 (こいつらおもしれぇっ!!) 注文を終えて、トレイを持って席に着いたあとはもうすごかった。 男どものアラシアラシ。 「なぁなぁっ!俺、同じクラスのグレイ・パース!!」 「僕はクリス・ラーグナーだよ。よろしく〜。」 「とレノだよな。お前ら出身どこ?」 「お前ら、一年でツートップ張ってるってほんとか?すげーな。」 「しっかしお前ら、顔イーよなぁ。今度ナンパに付き合ってくれよ!」 「まだミッドガルには慣れてねぇだろ?今度センパイとしていい感じの店に連れてってやるよ。」 …などなど。 その勢いにとレノはちょっと引いた。レノはアーァア、という顔をしているが、にはワケがわからない。 だが大部分は好意的な、つまり純粋にとレノを好ましく感じているようなものなので、とりあえず笑ってみる。まぁ一部、下心が感じられるものもあるが………。(の笑顔に頬を染めた奴らには気付かない。) しかし、そう思わない者も必ず存在するもので。 「ハハッ。あんなナヨッチイやつらが兵士になれるわけねーよ。」 「試験トップてのも怪しいぜ。どーやって試験官に取り入ったんだぁ?」 「たまたまさ。頭が良くたって実技はどうだか。」 まぁ確かに、2人は兵士にしては細身すぎるように見える。そう、 そう見えるだけ。 2人は決して穏やかな性質ではない。 鮮烈だがやわらかな美貌のは荒事に耐えられるようには見えないし、始終ダルそうな態度のレノも、荒くれ者が集う兵士志願者たちの中では、その若さも手伝っていかにもひ弱そうに見える。 (まあ言いたい奴には言わせて置けばいい。) その耳触りの良くない声はしっかりとの超越した耳には届いていた。 レノのほうをちらりと見ると聞こえていなかったらしく、食事を取りながら周りからかけられる声に、鬱陶しそうに適当な相槌を打っている。 (まぁ、特に構うようなことでもねぇか。) どこにでもあるんだな、こーいうの。 元来、は好戦的と呼ばれる性質(タチ)ではない。 穏やかとは言い難いモノの、少なくとも自分のテリトリー内でコトが起こらない限りは、大体に於いて寛容だ。―――――ヤル時は徹底的に、だが。 この場合のテリトリーとはの身内のことである。愛着、執着のある人間、と言い換えてもいい。 は寛容というよりは無感動に近いかもしれない。感情が、動じない。 もし仮に彼の目の前で人間がモンスターに襲われていても、知り合い若しくは女子供でも無いかぎり、は滅多に手を出すことはない。 「弱いのに何でここいんの。」という感じである。 ここで間違えてはいけないのが、彼は決して冷血ではない、ということだ。オトコは見捨てても女や子供は彼にとって庇護の対象になるらしい。 (まぁこの大きな食堂で手を出してくるコトも無いだろうし、俺もエネルギーを補給しておかないとな。) そして漸く挨拶と質問の嵐をかい潜り、目の前にあるブレックファースト(魚、ご飯、味噌汁)にチョップスティックを突き刺した。 ++あとがき++ 二章第一話です。最初は章を分けるつもりは無かったんですが、こっちのほうが管理人的にけじめがついて書きやすいのです。ですから特に展開が変わるとか、そんなことは期待しないで下さいね〜。 ※背景の言葉 『過去を生きるな、未来を夢見るな、現在のこの瞬間に心を集中せよ [釈尊] 』 |