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翌朝、マゼンダの店の前にエンジンの爆音が響いた。 黒いバイクに乗っているのはヘルメットを抱えた、緩やかな黒い長髪の青年。 見送りに立っているのは色っぽい妙齢の女。 親子にも兄弟にも見えない。 「じゃあ行ってくるよ。」 「気をつけていっておいでよ。またいつでも来な、ご飯くらい食べさせてあげるから。」 「あぁ、絶対来るから。舞草のことよろしく。」 マゼンダと軽くハグを交わしては出発した。 重いエンジン音を響かせながらバイクが遠ざかっていく。 マゼンダはバイクが見えなくなっても、その場で立ち尽くしていた。 はバイクを走らせてご機嫌だった。 今は9時20分。バイクなら余裕で間に合う時間だ。 「やっぱバイクはいいな〜」 免許は取っているものの、バイクに乗る機会はほとんどなかった。 向こうの世界でもバイクに対する憧れは強かったため、自分の気に入る車体がタダで手に入ったことはまさに彼にとって幸運以外の何者でもなかったのだ。 鼻歌を口ずさみながらバイクを自由自在に走らせる。 舞草を担ぎながらでは絶対に出来なかっただろう。 今舞草はマゼンダの家に預かってもらっている。 あの巨大な刀のことは自分の追っ手の全員が目印にしていた。逆に言えば舞草しか目印にしていなかったのだ。 顔を見たものは全員殺したし。 いったいどうやって、毎回毎回、俺を見つけ出してたんだろ。 ちなみに、寮の個室に入ってから舞草を呼び寄せるつもりだ。 舞草は置いていかれるのをだいぶ嫌がっていたけれど、命令という形で収まった。 本当に最近はわがままだ。俺を心配してのことだから、あんまり強く言えないんだけど。 上機嫌に走っていると、視界に赤毛が入ってきた。酷く慌てた様子で走っている。あの特徴的な赤髪はレノだ。まだ尻尾はない。 時計を見ると、9時40分。神羅ビルまで人間の足では全力疾走で三十分はかかる距離だ。 「寝坊したのか……」 電車にも乗り遅れたのだろう。このまま横を通り過ぎて走り去るのはあまりに心苦しい。 昨日の今日で顔を合わせづらいけど、レノは俺があの時気付いてないと思ってるはずだ。 顔を隠して乗せてやるか。 レノが走っている10メートルほど先の路肩にバイクを止めた。 スピードを落とさずに通り過ぎようとするレノの腕を掴んで引き止める。 勢いあまって転びそうになったところを、両腕を使って支えてやった。 「なっ……だよっ…!」 まぁ可愛くない。 ぜぇぜぇと荒い息をはきながら切れ切れに文句をつけてくるレノ。まだ目元のタトゥは入れてないのか。 ふぅ、と溜息をついてバイクの後ろを示す。 「お前も神羅の入学式だろ?乗せてやるよ。」 思いがけない助け舟にしばし呆然とするが、躊躇いがちに聞いてきた。 「あ〜……でも俺はヘルメットを持ってないぞ、と。」 「今の時刻は9時45分です。 ここから人間の足では肺が破れるまで全力疾走しても三十分かかります。 ちなみに俺がバイクを飛ばせば五分です。」 口だけ見えるヘルメットで唇を歪めて言い放つ。 「ヘルメット貸してやるから乗れよ。ただ単に、見捨てたら後味悪かったってだけだし。」 ややしてこくりと頷いた。 「感謝するぞ、と。」 「よし!さっさとヘルメット被れ。」 と自分の被っていたヘルメットを外して渡すと、レノは思ったとおり硬直していた。 「お、おまえ…!」 「はいはいその話は後でゆっくりしてやるから。 早くしねぇと事故起こすくらい飛ばしてやるからな。」 ヘルメットに赤毛頭を押し込み、無理やり自分の後ろに乗せて腕を腰に絡ませた。 「捕まってないと知らねぇからな!」 ギュルル!!っと音を立てて最初からトップスピードから飛び出した。 後ろから悲鳴が聞こえて、腰に絡む力が強くなる。 「ハッハァッ!!気持ちいいだろぉ!?」 「ふっふざけんな!!こんな最初から飛ばす奴があるかぁっ!」 の長い髪がヘルメットの狭い視界をさらに塞いで、レノの恐怖を増進する。 その後も悲鳴の連続だった。 運悪く、同じ時間帯に鉢合わせた通勤人もたまったものではない。 大型トラックの間をすれすれで走り抜けたり、混んでるからといっては対向車線を走ったり。信号無視は当たり前。スピードなんてとっくの昔に最高スピード。 そのたびにデッドラインのぎりぎりにいるのは必ずレノであって。 神羅ビルに着いた頃には色々と擦り切れてぼろぼろになっていた。 「やっぱバイクは気持ちいいよな!また乗せてやるよ!」 「………二度とごめんだぞ、と。お前、俺を殺すつもりだったろ。」 ジト目でにらんでくるレノから眼を逸らし、あさっての方向を向いた。 「やだなぁ、恩人に向かって。ちょっと寝坊したらこんな怖いことが待ってるぞvっていう恐怖を植えつけてあげようという優しさじゃないか。」 ほらほら行くよとまだグロッキーなレノの腕を引っ張る。 弱弱しい反抗が返ってきたけど、まぁその辺りは実力の差で。 講堂への道すがら、は口を開いた。 「……………なあ。お前さぁ、あの時あの空き地にいただろ?」 ぎくりとレノの身体が震えたのが分かった。 「あれさ、ワケありなんだ。誰かに言われたら俺だけじゃなくてほかの人にも迷惑がかかるから黙っててくんないかな。その人さ、俺が何したか知らないから……」 レノは自分の腕を掴んでいる青年をまじまじと見つめた。 よくよく思えば奇妙な青年だ。 普通の状況で見れば確実に見惚れるユニセックスな美貌なのに、言葉も行動もこの上なく男らしい。 こんなに男らしい奴が理不尽なことで殺しをするだろうか。 空き地では冷たい奴だった。でも声をかけてくれたのは優しさだろうし。 バイクではすばらしくぶっ飛んだ奴だった。そして今はソレまでの態度が嘘のように不安げに目を揺らしている。 ハァッと溜息をついた。こんな顔のいい奴に子犬みたいな顔で頼まれて断れる奴がいるものか。ずいぶんとでかい子犬だけどな。 「そのうち話せよ。」 「!言わないでくれるのか!?」 「納得できる理由だったらな。」 保留だというのによかったー!と言いながら歩く男の足取りは、先ほどと打って変わって軽々しい。 「そぉーだ!俺って言うんだけどお前なんていうの?」 「……なんで言わなきゃなんないんだよ。」 「なんだよー、年上に向かって。俺が先に名乗るのは信頼の証なんだぞ?」 は?つまりこいつは俺を信用したってことか? 殺人の実行者と目撃者。 どうやったらその間に信頼が生まれるんだよ。 15にして妙に世慣れた少年は馬鹿馬鹿しいと思いながらも、口は勝手に言葉を紡いでいた。 「レノだぞ、と。」 どうやらとは長い付き合いになりそうだ。 さようなら、平穏な学校生活。 これからのことに頭を痛めながらも、退屈はしなさそうだと将来のタークスは口元を緩めた。 |