新しい学校にもだいぶん慣れてきた。





でも友達はあまり作らなかった。


仲良くなりすぎたらずっと一緒にいてほしくて、その人を噛みたくなるかも知れない。
相手の意思を考えず。




そうなったら記憶を消して、この街を去ることになるだろう。

…いや、去りたくなるだろうから。












私はまだ人の血を飲んだことがありません。



でも、母さんが吸血鬼について教えてくれたことがありました。





血を吸わなくても人の生気を取り込んで生きていけること。

牙を立てずに血を吸って、それで付いたキスマークのような痕は愛の気持ちで、それだけでは相手を吸血鬼にすることはないこと。

相手を吸血鬼にするには牙を立てて血を吸い、互いの血を飲み交わすこと。








母さんは父さんに何度も吸血鬼になるように頼んだそうです。でも父さんはそれを拒んで、最期は人間として死んだ。死んでいきました。





何で父さんは吸血鬼になるのを拒んだのでしょうか。自分には分からない。
母さんは分かっていたようで、父さんのいない時にひっそりと泣いているのを見たことがあります。



それを見るたびに、なぜ父さんは吸血鬼にならないのかと、子供ながらに怒った覚えがあります。



吸血鬼は世間で言われてるような危険なものじゃないって、父さんには分かってたはずなのに。






まだ私は血を吸いたいと思う人に会ってないけれど、その時私はどうするのでしょうか。
永く連れ添いたいと思えるほどに、愛せる人は出来るのでしょうか。


















ずっと考えていたらいつの間にか放課後になっていた。



「じゃあホームルームを終わる!」



先生が言い終わると生徒が一斉に教室から出ていく。

も鞄を手に立ち上がり、友人のロザリンドと一緒に帰ろうとする。




「おい!ちょっと来てくれ。」




クラスの男子に呼び止められてしまった。何の用か分からないが仕方ない。




「ごめんなさいローザ、先に帰っててくれますか?」


「分かったわ。気をつけてね、綺麗なんだから。あいつ、結構女癖が悪いって有名だからさ。」







そう言って彼女は金の巻き毛を翻して別の集団に交ざっていった。いったい何が言いたかったんでしょうか。




呼び出した男子に手を引かれて体育館の裏まで連れてこられた。



彼の名前はジークフリート=バロー。
転校してきたその日に、ジークと呼ぶ程仲良くなったクラスメイトで、例外的に、大切な友人だと思っている人間でもあります。




艶のある赤毛に緑の垂れ目が少しセクシーな雰囲気を出していて、私が見てもかっこいいと思います。



周りには女好きと思われているけれど、優しい彼を好きな女の子が周りに集まるだけだと知っています。


彼は適当な人間ではなく、むしろとっても細やかなヒトなんです。





「ごめんな?こんなとこまで来てもらって。教室だと周りの目があるからさ。」


「いいですよ。それで、何か用事ですか?」


「ああ実はな…」




ジークはゴホンと咳ばらいをするとポケットから二枚のチケットを取り出した。




「映画のチケット、二枚手に入ったんだ。今度の休みに一緒に行かないか?」



と、やや早口で言う。



「映画……、すごく行きたいですけど、私とでいいんですか?チケット高かったでしょう?」



そうなのだ。学校に通い始めて分かったのだが、今は西暦1940年代の前半。
第二次世界大戦の真っ最中である。が生れていたか、いないか微妙な年代だ。





―――異世界でも時代の大きな流れは変わらないようで。
年代が違う世界に来たことには何か意味があるのでしょうか。街を歩いていて車の型がやけに古いとか、鉄砲を持った兵隊さんがいっぱい歩いてるなぁとか思ってはいたのですが。




その時点で気付きましょう、自分。






そんな時代、活動写真のような娯楽は贅沢が出来る貴族など上流階級の特権だったと思うのですが……。



「ちげぇよ、これもらったんだ。友達に映画館の関係者がいてさ。だからタダ!」




ニッと笑って得意げに話すジークフリートにどうしようもなく顔が綻んでしまう。


でもせっかくジークが手に入れたものを、私と使うのはもったいないですよね…。




「んー……、でもせっかくなんだからジークの好きな子誘ってはどうですか?
映画なんて誘ったら絶対気に入ってもらえますよー。」



映画にはすごく行きたいけれど、ジークの青春を潰すわけには…っ!


内心涙を流しながら、大切な友人の恋を応援するために笑顔で言うと、ジークフリートは盛大に溜息を付きながら口を開いた。



「だから!俺はと行きたいんだよ。この間お前映画見たいって言ってただろ?」





だからもらって来たんだよ、と困ったように笑い、長身を屈めて覗き込んでくるジークを茫然と見つめてしまった。



だって彼が、前に一度だけ言った言葉を覚えててくれたとは。





「お…覚えててくれたのですか…?」



やばい。めちゃめちゃ嬉しいです。



「当たり前だろー?」



緑の目を細めて笑う。










「…いえ、67年生きてみたけど、君みたいな人は初めてです。」



わざと冗談めかして、真実を言ってしまった。ジークフリートは一瞬キョトンとしたあと、口を大きくて開けて全開で爆笑した。



「あはっ…ヤベェおかしっあは……ははって真面目な顔でリアルなこと言うから時々信じそうになるよっ」



ひーひーと腹を抱えて笑い転げるジークフリートをは柔らかく見つめた。









今にも雪が降りそうな天気なのに、何だか暖かい。


この気持ちは何だろう。すごく穏やかな気持ちなのに鼓動はトクトクと少し速い。





















そっと目を閉じて、この奇妙な、悪くない感覚に、少しだけ酔いしれた。